この恋を、忘れるしかなかった。

「リカ…?」
ゆっくりと起き上がり、霧島くんを見つめる。
「やめよ…」
志朗さんも今頃"ゆり"とーーーそう思った時、もうどうなってもいいとさえ思った。
でも、
「やっぱり、こんなの…間違ってるからーー」
霧島くんを、更に傷つけるだけ…。
「………」
霧島くんは何も言わずに少し俯いて髪をクシャッとすると、ふーっと息を吐き出した。
「わたし…帰るね」
もうここに居ちゃいけないと、強く思った。
霧島くんから離れて身なりを整える。
「リカ…」
背を向けていてもわかる霧島くんの表情に、思わず振り向きそうになる。
「リカって、」
その霧島くんの声が、優しくわたしを包む。
「カメみたい」
「…」
それはどういう……。
「警戒心が強くて…臆病」
「…っ」
「オレたちは、間違ってないから」
霧島くんの声が、真っ直ぐわたしに届く。
「気持ちだけは、間違ってなんかないから」
「………」
そんなこと言われたら、また、泣きそうになるよ…。
でもわたしの気持ちは、きっと間違ってる。
既婚のわたしが持ってていいモノじゃないから。
このままで、いい訳がないんだ…。

「霧島くん。もう、やめよう…」
「え…」
わたしは振り向かなかった。
「わたし達は、どうなることも…出来ないの」
振り向けなかった。
「今なら、引き返せるから。気のせいだった…って、思えるから」
話しながら、自分自身に言い聞かせる。
「気のせい?それ、本気で言ってんの…?」
霧島くんの声が、強張っていく。
「…」
「オレは、リカのことが好きだ」
霧島くん…。
「オレに会いたかったって言ってくれたリカの事、信じてるから」
苦しいよ………。
「わたしだって…」
霧島くんのことが、大切で、愛おしくて、苦しいよ。
「わたしだって………!」
振り向かずにはいられなかった…霧島くんの瞳を見て、言いたかった。
「…リカ」
「好きだけじゃ、どうにもならない事だって……あるでしょう⁈」
涙が溢れそうになるのを、必死に堪える。
「…」
「わたしも、霧島くんのこと…好きなの」
だからーーー…。
「さよなら…」
霧島くんは、何も言わなかった。
もう…わたしを止めることもしなかった。