この恋を、忘れるしかなかった。

「このままここに居たら、帰りたくなくなるから」
「うんーー…」
わたしに、引き止める権利などない。
でも…でも………、
「霧島くん…っ、お饅頭はないけど、飴なら…あるよ?」
もう少しだけ、ここにーーー…。
「…」
わたしはポケットの中から出した飴玉を、霧島くんに差し出した。
「じゃぁさ、先生が食べさせてよ」
「え」
「早く早く!誰か来るかもしれないじゃん」
わたしを急かしながら笑顔で口を開ける霧島くんは、この状況を楽しんでいるようだった。
「えっ…ちょっと待って……はいっ!」
ポイっと霧島くんの口の中に飴を入れようとした時、
「ーーーっ!」
指ごとぱくんといかれてしまった…。
「あーごめんリカちゃん先生。…どーしたの?顔赤いよ?」
慌てて手を引っ込めた後、にやりとした顔の霧島くんと目が合ったわたしは、確信犯だと理解した。
「…意地悪」
「だって引き止めるんだもん、意地悪したくもなるって」
引き止めて欲しいのか欲しくないのか…なんなのよ。
「あ…」
ムスッとしたくなったタイミングで霧島くんにふんわりと抱き寄せられたわたしは、すぐに申し訳ない気持ちでいっぱいになった。
「ぎゅってしないようにしておくね、オレも一応男だから(笑)」
「…」
ーーー数秒後、わたしから離れた霧島くんは、笑顔で帰っていった。
霧島くんの背中に回せなかった腕で自分を包み、余韻に浸るバカなわたし。
わたしたちは……ただ、両想いなだけ。
それ以上でも、以下でもない。
その先にいくことなど、出来る訳がないのだから。
霧島くんは、わたしが霧島くんを選ばないことをわかっているのかもしれない。
だからかな、それについてわたしを責めることをしない。
わたしは、期待をさせてはいけないのにーーーそう思ったら、引き止めた事を改めて申し訳なく思った。
ギュッと、自分を包んでいる手に力が入る。
「霧島くんーーー」
本当は、抱きしめたかった…そう思ってから、慌てて自分にブレーキをかける。
こんなわたしを、志朗さんが知ったらーーー。