この恋を、忘れるしかなかった。

教室に戻ると佐倉くんは居なくて、わたしはそれにホッとした。
「何かあったの?」
「え…」
変なところで鋭い霧島くんに、どきりとした。
「べ、別に何も…」
「ふーん…」
「なんで…?」
「だってさ、リカちゃん先生が"一緒に"だなんて、珍しいじゃん」
霧島くんは、スケッチブックをうちわ代わりにして、パタパタとあおいでいた。
「あ、オレこれ渡したくて待ってたんだった」
あおぐ手を止めて、わたしにスケッチブックを差し出す。
そしてわたしが受け取るとすぐに、
「じゃ、帰るわ。またね〜先生」
と言ってわたしに背を向けて、歩き始めていた。
「…」
いつになく淡白な霧島くんに拍子抜けのわたしは、その背中をぼーっと見つめていた。
「ねぇ先生…」
ふいに、霧島くんが立ち止まる。
そして振り返ると、
「止めてくれないの?」
と言って、意地悪く笑った。
「えっ、あ、いや…だって…霧島くん、帰るって言ったし…帰って、テスト勉強もしなきゃだから…止めるって、何でわたしが………」
もう、すぐにテンパってしまう自分が嫌になる。
「止めてくれるかなぁって期待したのにー」
拗ねたように言いながら、もうわたしの目の前まで戻ってきている霧島くんは、
「やっぱり、可愛いね」
耳元でそう言うのだった。
「……」
左耳から順に、わたしの身体が熱を帯びてくるのを感じる。
そうして、それが全身に行き渡る頃には、上手く立てているか自信が持てないわたしがいた。
だって…どうしても思い出す、あの日のキスをーーー。
「噂なんて、夏休みが終わる頃には消えてるよ」
「…」
そう言って霧島くんは、静かにわたしの髪に触れる。
「テスト終わったら、スケッチブック取りに行くから。準備室にいる?」
「うん…その予定だけど」
「リョーカイ!じゃ、オレ本当に帰るわ!」
「……」
霧島くんに触れられていた髪が、名残惜しそうにしていた。