この恋を、忘れるしかなかった。

正直、志朗さんの帰りが遅いのはありがたかった。
志朗さんに対しては罪悪感や申し訳ない気持ちでいっぱいで、顔を合わせるのがしんどくなっていたから。
最低だな、わたしって。
このままじゃ、霧島くんも志朗さんも傷つけてしまう。
「…」
いや、霧島くんのことは既に傷つけてるよね。
取り返しがつかなくなる前に、終わらせなければいけない。
わたしの、この想いの全てを---。

「あれ、佐倉くんはまだ帰らないの?」
気がつくと、ガラリとした教室には佐倉くんとわたしの2人だけになっていた。
「あ、俺今日日直なんで…」
そう言いながら、日直日誌を書いていた。
「あ、そうだったね」
「…」
佐倉くんは、無愛想という訳じゃないのだけど人懐っこい訳でもない、会話が続かないことが、それをよく現していた。
クール、って言えばいいのかな。
だから佐倉くんは、タイプの違う霧島くんのことを毛嫌いしてるのかもしれない。
「日誌、書けました」
「お疲れ様。帰り気をつけてね」
わたしは、佐倉くんから手渡された日誌を笑顔で受け取った。
「先生…」
「ん?」
「あの、」
日誌の内容を確認しながら、佐倉くんの声に耳を傾ける。
「霧島サンって---」
「え…?」
"霧島"というワードに、嫌でもどきりと反応してしまう。
「本当に絵なんか描いてるんですか…?」
「…」
まぁ、そう思うのも無理ないよね。
ぱっと見絵を描くような印象なんてないのが、霧島くんだから。
「うん。霧島くんは鉛筆だけで描いてるんだよ」
「嘘じゃなかったんだ…」
わたしから目を逸らした佐倉くんは、ボソッと呟いた。
「今度、機会があれば見せてもらうといいよ」
「…」
佐倉くんからの返事はなかったけど、霧島くんの描く絵は、美術部に所属する佐倉くんにとって、単純に良い刺激になると思うから。