わたしは佐倉くんや他の部員たちの絵を見てまわり、各々(おのおの)キリがついたら帰ってもいい事を伝えてから、霧島くんの待つ準備室に戻った。
「霧島くんも、そろそろ帰った方が…」
「え、なんで?」
「何でって………」
霧島くんがきょとんとしているから、言葉に詰まる。
「噂のこと、気にしてんの?」
「き、気にしない方がおかしいでしょ…!」
「でもさ、顔見に来るくらい良くない?」
「…テスト、近いよ?」
「えーっ、そんな先生みたいなこと言わないでよ!」
霧島くんは、スケッチブックに何やら描きながら、受け応えをしていた。
「…」
わたし、これでも先生なんですけど…。
7月に入り、期末テストを来週に控えている生徒たち---明日からは部活動も休みになる。
「オレは、リカちゃん先生に会いたいから来てるの」
"会いたい"---そのたった一言に、どくんと揺れる。
「で、でもわたし、」
「オレ思ったんだけどさ、」
霧島くんはわたしの言葉を遮ると、天井を見上げた。
「たまたまじゃね?」
「たまたま…?」
「そう。たまたま好きになった人が先生で、結婚してる、それだけだとオレは思ってる」
「…」
「あ、"先生"ってのはオレが卒業したら関係なくなるか」
そう言って霧島くんは、カラッとした笑顔を見せた後、スケッチブックに目を落とした。
そんなことを言われても、素直に喜べる訳がない。
霧島くんは、何でこんなにも普通に出来るんだろう。
「…」
"たまたま好きになった人が結婚してたんだよね"
亜子の言葉が、頭をよぎった。
たまたま---か。
たまたまだとしても、霧島くんみたいに「それだけ」なんてサラッと言えない。

「あ、そのまま、少し遠くを見てて」
「え?」
霧島くんが何でこんな事を言うのか、意味がわからなかった。
そういえば今日は、やけに霧島くんの視線を感じる気がする…。
「あっ、リカちゃ…動かないで!」
もしやと思いスケッチブックを覗きに行くと、
「いつの間に………」
そこにはわたしが描かれていたのだった。