この恋を、忘れるしかなかった。

その笑顔は、嬉しそうにも満足そうにも見えたけど、本当のところは当たり前だけどわからなかった。
「わかった帰る。…ありがとう」
「…」
霧島くんの姿がなくなった準備室で、わたしは自分のした事を振り返る。
「…」
その場の雰囲気とかそんなんじゃなくて、自分の意思で霧島くんの手を握ったわたしの手は、小さく震えていたーー。
志朗さんを……夫をーーー裏切った。
わたしは、霧島くんに想いを伝えてしまったことで、自分の気持ちを認めるしかなくなった。
そんなわたしの中は、後悔の気持ちが湧きあがる一方で、ドキドキふわふわと身体が興奮ぎみでもあった。
落ち着かないーーー完全に、恋する少女のそれと同じだった。
それは、志朗さんには感じたことのない、とても懐かしい気持ちでもあった。
「霧島…くん」
茜色の空は、そんなわたしの胸の内をお見通しかのように、全てを赤く染めていた。
ぼんやりとそれを眺めているわたしを、ドアを開ける音が引き戻す。
「先生、仕上がった絵を見てほしいんですけど…」
「あ、うん、今行くね!」
わたしは、こぼれる前にそっと涙を拭いたーーー。


◇◇◇


「オレ、カノジョと別れたわ」
「……!」
霧島くんがそう言ったのは、あの日から20日ほど経った6月下旬の放課後だった。
季節は梅雨真っ只中、今日も外はしとしとと雨が降っていた。
でも現実は、しとしとだなんてキレイな言葉で片付くものではなく、じめじめと蒸し暑くて髪の毛を束ねる毎日が続いていた。
そんな中飛び込んできた、霧島くんの声。
彼女と…田宮さんと別れたーーー。
霧島くんの言葉を聞いたわたしの中に、何かがパンと弾けたような衝撃が走った。
「マジで⁈いつ?オレ全然聞いてねーし。藤井は?」
「オレも今知ったとこ」
甲斐くんと藤井くんは、顔を見合わせていた。
「あ、悪りぃ、ちゃんとしてから言うつもりだったんだ」
本当にーーー別れたの?
半信半疑のわたしの気持ちが顔に出ていたのだろうか、
「本当に本当だから」
「……っ」
霧島くんはわたしと目を合わせ、真顔でそう言った。
「え、なに響、何でリカちゃん先生の方見て言うわけ?」
それに気付いた藤井くんが、すかさず指摘する。