この恋を、忘れるしかなかった。

「そうじゃなくて、そういう面倒なの全部取っ払ってよ」
"面倒"って……若いっていいわね、こういうことが言えちゃうんだから。
そんな事を思う反面、真っすぐ向き合えない気持ちがわたしの中にあるのも事実。
「安藤梨花子はどう思ってるの?オレのこと」
「…」
霧島くんの言葉はどこまでも直球で、わたしを熱く締めつける。
「わたし…」
わたしはーーー……。
面倒なことを取っ払った、わたし、安藤梨花子ーーーひとりの女として、霧島くんのことをどう思うか……。
歳の差がひとまわりもなかったら、結婚していなかったら、教師と生徒じゃなかったら……。
「……っ」
だめだめ、霧島くんのペースに嵌ってるよ。
無理に決まってる……。
現実を見なさい、梨花子ーーー心の中でそう言い聞かせるしかなかった。

「わたしは、」
わたしの次の言葉を待つ霧島くんは、ふぅっと息を吐き出していた。
わたしも、あの罰ゲーム以来…霧島くんの存在が気になって仕方がない。
でも…それでも、気付かないフリをして、ダメなんだと懸命に言い聞かせてきて。
だけどそれはもう、わたしの中で、どう頑張ってもごまかしきれない事実になっていた。
「先生ーーー、」
"先生"と呼ばれるこの立ち位置から抜け出したいと、初めて思った。
「なんで…泣いてんの?」
だって…だってわたしはーーー。
「わたしは…」
「わかってる」
そう言って霧島くんは、ゆっくりとあたしの手を放した。
「ごめんね先生。泣かせるつもりじゃなかったんだけど…」
「大丈…夫」
震える声で答えたわたしは、さっきまで霧島くんに握られていた指を見つめていた。
「わたしの方こそ、泣いたりして…ごめんね…」
そして頑張ったものの笑顔は作れず、涙を拭いて泣きやむ事が、今出来る精一杯だった。

「あのさーー、」
「……」
「言わなくてもいいけど、やっぱ答えが欲しい」
そう言ってわたしに向かって差し出された霧島くんの手に、ゆっくりと視線を移した。
「オレのこと好きなら、今度は先生がこの手を握って?」
「…っ」
オレのこと好きならーーー…。
わたし……わたしは…。

「ーーーもう…帰って」
「先生……」
霧島くんは、一瞬驚いたような表情をした後で、優しい笑顔になった。