この恋を、忘れるしかなかった。

「ね、梨花子、明るく話すから聞いてくれる(笑)?」
「なにそれ(笑)。明るい話でも暗い話でも、何でも聞くよ?」
そう言ったわたしの笑顔は、どこかぎこちない気がした。
それは、亜子が不倫をしていることに引いてるとか、そういうんじゃなくて…。

”先生のこと…本気で好きだって言ったら、どうする?”
”オレは、安藤先生のことが好きだから”
「……」
霧島くんの言葉を、思い出したからーーー。
それは頭の中で、何度も繰り返していた。

「最初は知らなかったんだ、結婚してるだなんて。あの人、結婚指輪してないんだもん」
亜子は当時を思い出しながら、すねた様な表情になった。
出会いは1年と少し前、新年度を迎えたタイミングの人事異動で、たまたま亜子の上司になったことがきっかけだった。
優しくて頼れる上司というだけでもポイント高いのに、顔やスタイルなんかも好みだというその人に、亜子が惹かれない訳がなかった。
「それでね、新入社員が入ってきたこともあって、歓迎会もかねて親睦会をやろうってなって…」
「うん」
そこで2人は急接近、意気投合してしまい”関係"が始まったのだとか。
それから週末の仕事終わりには、今いる居酒屋をはじめとするこじんまりとした所や、ホテルなんかで時間を過ごす事が多くなっていった。
もちろん、人目につきにくくするためだった。
「だから、こういうお店に詳しいんだね」
「そ。詳しくなりたくてなった訳じゃないけどね」
だけど、人目につきにくいところにしか連れて行ってくれないことや、仕事終わりにしか会ってくれないことを不思議に思って彼氏に聞いた時の答えに、亜子は自分の耳を疑った。
「ズルイよね…実は家庭があるなんて、私がどっぷりハマってから言わないでよ、って話」
亜子は、今日会ってから何本目かのタバコに火をつけた。
「…」
亜子は何度も、別れなきゃと思ったそうだ。