この恋を、忘れるしかなかった。

「うん…私はいつも、こういうとこで飲んでるから」
「…亜子?」
気のせいかな、亜子の笑顔が淋しそうに見えた。
それから亜子は、タバコに火をつけた。
「ねぇねぇ亜子ってゴールデンウィーク何連休なの?やっぱ大手は長いんだよねー、羨ましいよ」
亜子は、大手企業で働くOLだ。
年間休日が多く福利厚生も充実している面では、本当に羨ましく思う。
「…」
亜子はわたしの言葉には応えず、その代わりにタバコの煙を吐きだした。
「ねぇねぇ、亜子の彼氏も同じ会社の人なんだよね?」
亜子はわたしの顔をチラッと見てから、
「まぁね」
と、そっけなく答えた。
「いいなぁー。もしこのまま結婚したら、将来安泰じゃない?」
ーーー単純に、羨ましいという気持ちから。
何の気なしに発したわたしの言葉が、思わぬ事実を引き出した。

「不倫、なんだよね…」
「…え………」
聞き間違いかと、思った…。
そう思って亜子の顔をみたら、とても淋しそうな笑顔をしていて、聞き間違いなんかじゃないことを理解するわたし。
わたしは梅酒の入ったグラスを、テーブルに置いた。
「…ごめんね、イキナリ打ち明けて」
そう言った亜子はぐいっとビールを飲み干すと、店員を呼んでおかわりを注文した。
「…」
彼氏のことを、あまり話したがらなかった亜子。
彼氏の写真を見せてもらったわたしが「真面目そう」と言ったら、苦笑いをしていた亜子。
楽しいことばかりじゃない、そう言っていた亜子ーーーこれは亜子に限らず、当てはまる人には当てはまるのだろうけど。
そう言っていた理由が、解った瞬間だった。
不倫ーーー亜子の彼氏は、独身ではなかった。
「梨花子…引いたよね。不倫だなんてさ…」
亜子は笑っていたけど、その表情は今にも泣きそうで、
「でも、好きになっちゃったの…」
「亜子……」
タバコを灰皿に押し付けた亜子の目には、大粒の涙がたまっていた。
そこへ、さっき亜子が頼んだビールのおかわりが来ると、涙をぬぐった亜子は、もういつもの亜子に戻っていた。
「さぁ!飲も飲も!ごめんね、暗い話はナシね!」
「…」
亜子がぐいっとジョッキを傾けたのを見て、わたしも少しだけグラスを傾けた。
切ない…味がした。