この恋を、忘れるしかなかった。

良かった…わたしが嘘をついたことに、気が付いていなさそう。
「てか何で絵の内容知ってんの?」
「……!」
ゔ……やっぱりバレてた⁈
「さっき、まだ見てないって言ってなかった?」
「そ、それは…ッ」
ニヤリとしながらわたしの顔を覗き込んできた霧島くんは、やんちゃな悪ガキみたいな顔をしていた。
「先生なら、すぐに見てくれたと思ってたんだよね」
「ど、どうして…?」
「オレの絵が、好きだって言ってくれたから」
ハッキリとした良く通る声でそう言った霧島くんを見たら、無邪気で優しい笑顔になっていた。
ボン!っと、身体の中で何かが弾けた音がしたーーー。
違う、大丈夫…好きだと言ったのは、霧島くんの絵の話であって……。
なんか、ダメだ、恥ずかしすぎて頭がまわらない。
「…くく……」
下を向いたわたしの頭上から、小さく笑う声が聞こえた。
「かわいいね、安藤先生って」
「な、何言って……」
明らかに挙動不振のわたしに対して、冷静な様子の霧島くん。
「リカちゃん先生ってあだ名、甲斐が付けたのも納得」
うんうんと頷きながら、ひとり言まで言っていた。
落ち着けわたし、生徒相手にドギマギしてどうすんのよ⁈
「やっぱりかわいいね」
その一言に、真冬だというのに汗が噴き出しそうだった。
「からかうの、いい加減にしてよね…。そういう事は、か、彼女に言いなさい」
「えーっ、だってカノジョより先生の方がかわいいんだもん」
「…」
ぶすっとした霧島くんを視界に捉えたわたしが、急に冷静になってきたのが自分でも良くわかった。
冷たくなる指先を、そっと見つめていたわたし。

彼女…いるんじゃん。
まぁ、そうだよね、彼女くらいいるよね。
むしろ良かったじゃない、これで霧島くんの言動にいちいち振り回されなくて済むのだから。
なのに、何でかな…淋しく思ったのもまた事実で。
「はいはい、ありがとう」
今度は、サラッと返せたわたし。
これでいい、わたしは教師で霧島くんは生徒。
嘘でも好きだなんて言われたもんだから意識しすぎていたんだ、きっと。
霧島くんには彼女がいて、わたしにも志朗さんがいる。