この恋を、忘れるしかなかった。

「でもこれだけ描けるってことは、わたしの授業、手を抜いてるんでしょ」
「だからオレは、描きたい時に描きたいものを描きたいから。手ぇ抜いてるわけじゃないんだけど…そう見えるなら、ごめんなさい」
「え、あ…いや、別に謝らなくてもいいけどさ」
霧島くんは、おちゃらけてたかと思うと、次の瞬間真面目になっていたりーーー、
「それに、絵が上手いなんてキャラじゃないじゃん、オレって」
すぐにまた、冗談っぽく笑いながらこんな事を言ったりする。
忙しい子だわ。
「先生には申し訳ないけど、気が乗らないと描きたくないんだ」
「はいはい。わたしの授業では気乗りしないってことね?」
「だから謝ってんじゃん!先生意地悪だし〜」
「あはは」
わたしは、少し前にポケットの中で震えていたケータイの存在を、すっかり忘れてしまっていた。

「ね、じゃぁさ、この絵を飾らせてくれない?」
「飾る?」
霧島くんは訳のわからないといった顔を、わたしに向けていた。
「来週、文化祭でしょ?美術部の展示スペースに、霧島くんの絵も飾るの」
「いや、それは遠慮するよ。別にみんなに見てもらいたい訳じゃないし」
「だーめ。この前わたしをからかった罰。展示は匿名だから安心していいよ。投票箱があってね、良かった絵に投票するの。罰ゲームだと思えば楽しいでしょ?」
わたしはニヤリとして、霧島くんを見た。
「…わかったよ。ったく藤井たちといい先生といい、オレ罰ゲーム担当みたいじゃん」
「ふふ。でも霧島くんの絵は、部員たちの刺激になること間違いなしだよ」
「そうかなぁ?じゃぁ…文化祭までにもう少し仕上げてくるよ」
霧島くんは少しだけ照れたように、わたしからスケッチブックを受け取った。
「わかった、楽しみにしてるね」
絵という共通点が、わたしの心と会話を弾ませていたーーー…。
わたしが教師になってから初めての、不思議な感覚。