この恋を、忘れるしかなかった。

「うん。家で飼ってるカメなんだ。ギリシャリクガメっていう種類のリクガメなんだけど…」
嬉しそうに笑顔で話してくれた霧島くんを見て、わたしまで嬉しくなってきた。
霧島くんの絵は、優しく柔らかいタッチでありながら、見る人を惹きつける強さや存在感もあるーーーただ上手いというだけでは理由がつけられない、これを、持って生まれたセンスというのだろう。
鉛筆一本だけのはずなのに、まるで絵の具で描かれたかの様にそこに色を感じる……こんな絵を、久しぶりに見た気がする。
「わたし、霧島くんの絵、好きだな…」
「…」
素直な気持ちを言ったつもりだったのに……ポカンとした表情の霧島くん。
”わたし、霧島くんの絵、好きだな…”
その顔は少しだけ赤くなっているようにも見えた。
「先生ありがとう!オレ安藤先生のことマジ好きだわ!」
その瞬間、ぶわっと熱を持つ身体。
霧島くんは、そういう意味で言ったんじゃない……そんなことは解ってるのに、わたしはまるで何も知らない少女のようだった。
「わ、わたしは霧島くんの絵が……」
「解ってるって。ありがとう!」
そう言ってまた、霧島くんは笑顔になった。
霧島くんのにおいが近すぎて…油絵の具のにおいがどこかへ行ってしまったみたいだった。

「霧島くんは、美術部には入らないの?」
「入らない。だって、描きたい時に描きたいから」
「その歳で、画家みたいなことを言うのね」
「あはは。でもさ、またオレの絵を見てくれる?」
その言葉に、吸い寄せられる…わたしがいた。
「うん。わたしで良ければいつでも持ってきて」
「良かったー、ありがとう!」
霧島くんは、今にも鼻歌を唄いだしそうなくらいご機嫌に見えた。
「オレ、自分の絵が褒められたの初めてだったから、ホント嬉しくて…てか先生、また見てるの⁈」
小さなスケッチブックに描かれた大きな存在感ある霧島くんの絵は、何度見ても飽きなくてーーー褒めるところだらけだよ、なんて心の中で言ってみる。
「褒められたことがないなんて、嘘でしょ」
「ホントだよ。だってオレ、人に絵を見せたの初めてだもん」
あ、そういうこと。