この恋を、忘れるしかなかった。

「待って、今日はホントにオレ1人だから」
「…ひゃ」
ふいに掴まれた右手首あたりが、ジンワリと温かく感じた。
「は、放してよ」
「……」
黙って手を放した霧島くんは、そのままわたしのことを見つめていた。
その距離、1メートル。
わたしは、真っすぐな霧島くんの目に捕らえられそうになっていた。

そんな時、タイミング良くポケットの中でケータイが短く震え、はっとしたわたしは霧島くんの視線から逃れることができた。
そして霧島くんが、口を開いた。
「オレ、謝りたくて…この前の……。いくら罰ゲームでも先生からかうなんてタチ悪いよね」
「…」
「ホントごめんなさい」
そう言うと霧島くんは、ぺこりと頭を下げたのだった。
その、少しだけ長めの髪の毛が、窓の外のイチョウの葉みたいにふわりと舞うようだった。
「別に…もういいから」
「ホントに…?」
「うん」
わたしにとっては、なかった事にしたいくらい恥ずかしい出来事ーーーどうかもう蒸し返さないでほしい…。
「良かったー!安藤先生ぜってーまだ怒ってると思って、オレ気にしてたんだよね〜」
「…」
さっきまでのしおらしさはどこへやら、霧島くんは満面の笑みで調子付いていた。
藤井くんや甲斐くんとつるんでるくらいだから、きっとこっちが素なんだろうな…。
「……」
「…」
そんな事を考えていると訪れた沈黙ーーーたいして親しくもないわたしと霧島くんの間には、それが必然のように思えた。
こんな時に気の利いたことでも言えればいいのだけど、この沈黙に何故だか焦ってしまうわたし。
「あ、そうそう」
それでもすぐに会話が始まる霧島くんの人懐っこさに、わたしはいくらか救われていた。
「オレ、安藤先生に見てもらいたいものがあって、持って来たんだ」