この恋を、忘れるしかなかった。

志朗さんは元々口数が多い方ではないから、会話が減ったといっても知れてるけど。
志朗さんは中学校勤務で、運動部の顧問をしているため、試合があると土日も休めない時がある。
たまには家事とか手伝ってくれないかな、なんて思うこともあるけど、わたしは部活のない日に雑談してから帰ることも少なくない事や通勤時間を考えると、確実に志朗さんよりは時間がある。
だから、あれこれ言わないようにしていた。
でも美雪ちゃんたちに言った”働く主婦はヒマじゃない”というのは、本当のことだけど。
志朗さんの帰りが最近遅いことに対しては、志朗さんがお風呂あがりに飲むビールの量が減って、むしろ家計的には助かっていたりする。

「バスタオル、置いとくね?」
わたしは脱衣所から、お風呂の中にいる志朗さんに声をかけた。
「あぁ」
「…」
最近、ホント接点が減ったな……前は2人で晩酌をすることもあったのに。
だからわたしは、気づかなかった。
朝と夜の限られた2人の時間の中で、"それ"は見事に雲隠れしていたのだったーーー…。


◇◇◇


わたしが恥ずかしい思いをしたあの日から、2日が経っていたーーー。
「ふぅ…」
もうすぐ18時30分になろうとしている今、わたしは美術室で、生徒達の絵を見てはコメントを記入した紙を貼りつける、という作業を繰り返していた。
美術部の生徒たちが描いた油絵が、もうすぐ開催される文化祭で展示される。
その完成度をより高めるために、ひとりひとりにアドバイスをする必要がある。
普段コンクール等がほぼないため、美術部員にとって文化祭は一大イベントなのだ。

ーーー夏は19時でも明るかったのに、今では18時を過ぎると空に星が光り始める季節。
「……」
今度、亜子でも誘って飲みに行こ…。
そんな事でも考えていないと、部活動が終わって誰もいない美術室で独り、という環境は少し淋しかった。
美術室は他の教室から離れた場所にあるため、静かで心細ささえ感じる。
今日はもう少しかかりそう……志朗さんに連絡しておいた方が良さそうだな。