無菌室から出て、俺は解熱剤を取りに向かう。

その移動の間にPHSで陽向を呼び出す。

"はい、佐伯です。"

「もしもし、陽向?」

"おう、どした?"

「ちょっと、朱鳥の病室来てもらってもいい?朱鳥、結構高めの熱出しちゃって、あの解熱剤使おうと思うんだけど、固定頼める?」

"あー、そーゆー事な。わかった、すぐ行く。"

俺は急いで解熱剤の注射を取って、朱鳥の病室に向かった。

朱鳥の病室に着くと、先に陽向が来ていた。

「おう、楓摩。」

「ありがと、陽向。助かるよ。見ての通り、朱鳥は多分、動く元気もないと思うけど、一応ね。」

「りょーかい」

そっと、朱鳥の元へ近付く。

「……楓摩、なに…するの?」

「解熱剤の注射だよ。今日は、できるだけ早く熱下げたいから、ちょっといつもとは違うやつだけどね。」

「…痛い…………?」

「うん。普段の奴よりは痛いかな……」

そう、今日やる注射はかなり痛いと言われているやつだ。

熱が高い時には、よく使うやつなんだけど、中高生や大人でも泣いてしまう人もいるくらいだ。

「じゃあ、朱鳥、うつ伏せになって?」

「……え…なんで?」

「んーとね、今日やるのは、お尻に注射するタイプのやつなんだ。少し痛いけど、我慢してね?」

「………」

朱鳥は、すでに涙目だ。

「大丈夫だよ。すぐに終わらせるから。」

そう言うと、朱鳥はしぶしぶ、うつ伏せになってくれた。

「朱鳥、気持ち悪かったら、このビニール袋に吐いていいからね。じゃあ、ちょっと抑えるよー」

陽向に合図をして、朱鳥を抑えてもらう。

朱鳥のズボンを下げ、注射を打つ場所に消毒をする。

「じゃあ、朱鳥、刺すよー」

コクン

ゆっくり、注射針を刺していく。

「っ!!…ふ…………ま……痛いっ!!やぁっ……」

「ごめんね、もうちょっと我慢だよ。それに、これから液入れるから、もっと痛くなるよー」

「やぁ…………ゴホッ…オエエ……」

朱鳥は、痛みに泣きながら、気持ち悪くなったのか、袋に吐いた。

やっと、1本目の注射が終わり、次は2本目。

「朱鳥ー、あと少しだから我慢してねー」

「……楓摩………もぅ…やぁ…………止めて……」

「ごめんね……」

朱鳥の辛そうな様子は、見てるだけでも心が痛くなるが、それでもこれは朱鳥の為。

心を鬼にして2本目の注射を打つ。

「…痛いよぉ…………ゴホッ…ゲホッ……オエエ…………」

「あと、ちょっと!!」

そう言って2本目の注射も終わらせる。

たった5分くらいの間だったが、朱鳥も、俺もすっかり疲れていた。

朱鳥を、仰向けに寝かし直す。

「ごめん、陽向ありがと。」

「ううん、大丈夫。それより、朱鳥ちゃん、だいぶ辛そうだな……ずっと吐いてるみたいだし…」

「うん…そうだね。」

朱鳥は、まだ泣いている。

そうとう痛かったのだろう。

「朱鳥ー、ごめんね?もう、痛い事無いから大丈夫だよ。」

「……楓摩………痛かったぁ……気持ち…悪かった…………」

「ごめんね……」

そう言って、朱鳥の手を握る。

「………やぁ…ふ……ま………………ギュッ…して……?」

「え?」

「…ギュッ……して………ほしい……の…………」

朱鳥は、そう言って俺の目を見つめた。

でも、ここは無菌室だから、そんな事できない。

「ごめんね、朱鳥。ここは、無菌室だからギューはできないかな……。」

そう言うと、朱鳥は一気に悲しそうな顔をして、涙目になった。

「……楓摩…ギュッ…………」

「………………」

それを見かねたのか、陽向が声をかけてきた。

「朱鳥ちゃん、きっとね、楓摩も朱鳥ちゃんとギューってしたいのは、やまやまだと思うんだ。」

陽向がそう言うと、朱鳥は俺の方を見た。

「けどね、ここは無菌室だから、朱鳥ちゃんは清潔にしておかないといけないの。俺たちは医者でしょ?だから、色んな患者さんからの菌がいっぱい付いてるんだ。だから、このままギューってしたら、朱鳥ちゃんが悪い病気にかかって、もっと辛くなるかもしれない。だから、できないんだ。」

「……んーん…大丈夫…………私……大丈夫だもん………だから…ギュッ……して………………」

「……朱鳥…………」

ここまで、言われると困る。

どうにか、看護師さんに言ってなんとかできないかな……

「陽向、ちょっと看護師に相談してくる」

「おう」

無菌室に常に居る看護師さんなら、わかるかもしれない。

そう思い、相談する事にした。