7階フロアのエレベーターの前、3台ある内の一番右側に、例の彼はいた。

ちょうど階下に降りるそのエレベーターの扉が開き、まさに今、乗り込もうとしていた。

咄嗟に、名前もわからないので、

『すみません』

と声をかけるが、当然、自分のことだと気付かず乗り込もうとする。

仕方なく思わず彼のダークグレーのベストの裾を引っ張り、

『あの、ちょっと、待ってください』

乗る直前で立ち止まる彼の目の前で、エレベーターが静かに閉まった。

結局、エレベーターホールには二人だけが残り、改めて向き合う。

彼は、キョトンとして栞を見つめる。
先ずは落ち着いて呼吸を整え、

『あの、さっき本屋で…』

言うと『ああ!本落とした人』と、思い出される。

『えっと、それは関係ないんですけど、先程レジでこれ忘れて行かれたので…あの、お店の方に頼まれて…』

一気に伝えなければならないことを話し、渡すべきポイントカードを差し出す。

一瞬の間があり、当然次に『店員でもないのに何故君が?』と問われることも予測し、その回答をフル回転で模索していると、男性は何故かそのことには触れず、

『そう、わざわざ追いかけてくれたんだね』

そういうと、紙袋を持っていない方の手で受取り、

『ありがとう』

柔らかく微笑する。
思ったより低く落ち着いた声に、大人の男性を感じ、ドキリとする。