細い路地裏でリュイの通行を妨げている青年は、ゆっくりと身体を起こしレンガの壁に寄りかかった。そして遠慮しがちに自分を観察しているリュイに視線を向ける。

またすぐにでも地面に崩れ落ちそうな彼と目が合ったリュイは、全てを吸い込まれてしまうような感覚に陥ってしまった。なんて魅惑的な人なのだろう。

土埃にまみれ血を滲ませていることなど帳消しされてしまうほどに、力強く輝く彼の紺碧の瞳から目が離せないのだ。彼から放たれる圧倒的なオーラに、身じろぎ一つ出来なくなる。

しばらく固まっていたリュイは、彼に力なく手招きされていることに気づきハッと我に返った。警戒しながら恐る恐る近付き隣にしゃがむ。

その時リュイの胸元のペンダントが揺れた。両親の形見でもあるテントウムシのペンダントを見た彼の表情が、わずかに変化したことにリュイは気がつかなかった。

でもそれは一瞬のことで、彼は痛々しい笑顔をリュイの顔に近付けてきた。

「申し訳ないのですがお嬢さん、僕を拾ってくれませんか。」

青年は吐息とともにリュイの耳元で囁く。きっと痛みで大きな声が出せなかったのだろうが、男の人に免疫がないリュイはボッと耳が熱くなり、咄嗟に手で耳を覆うとわずかにのけ反った。

「拾う……?何を言っているんですか。拾いませんよ。」

逃げられるとでも思ったのだろうか。彼は咄嗟に腕を伸ばしリュイの長く黒い髪をひと房握った。そして真剣な眼差しでじっと見つめられる。

紺碧の瞳に上目遣いされ、しかも髪を掴まれて、リュイの心臓は痛いほどバクバクと早鐘を打っている。不思議と髪に触られていることへの不快感はないのだけれど、恥ずかしさがこの上ない。

「僕はヴァルといいます。君は?」

「私はリュイ。あの……ヴァル?……髪を離して……ください。」

「これは失礼、苦肉の策です。こんな風に掴まなくても君は逃げないでいてくれますか?たいていの人は魔法使いというだけで、近寄ってもくれないですから。」

ヴァルは、いててて……と言いながら、マントをひらひらと振った。リュイは高速で何度も頷く。それを見て安心したのか、ヴァルはリュイの髪から手を放した。