翡翠は、中性的な顔を歪ませた。
そして、何やら端末を取り出し連絡をする。
「──ああ、そうだ。沈めてこい。今すぐだ。」
「何やってんだよ」
「ああっ!!///」
そう言って、翡翠の尻を蹴ると彼は嬌声をあげて倒れ込んだ。
そして、嬉しそうに地面で見悶える。
「坊ちゃんに蹴られるとは……嬉しゅうございます!!さあ、もっとこの私を蔑す─「気色悪い」
「で、何しようとしてたんだお前は」
「それはですね、坊ちゃんの玉のような美しい肌を傷つけた不届き者を、海に沈めようかと思いまして」
「必要ない」
てか、たまに怖いこと言うなこいつ。
俺が翡翠を見下ろせば、彼はまた嬉しそうにした。
……エンドレスかよ。
はあ、とため息をつけば横から聞こえてくる笑い声。
「っ、あははっ」
「?」
振り返ると、口を抑えて笑う彼女の姿。
───え。
今、こいつ笑ったか?
「何を笑っている」
「あ、ごめんっ」
いや、そうじゃない。
俺は、この時確かに思った。
初めて俺に向けられた笑顔に。
俺は───
「……蓮華?」
「っ///」
素直に、可愛いと思った。
涼香は、不思議そうに小首を傾げた。
俺はそんな、涼香の頭を撫でる。
彼女は、驚いて顔を赤くした。
「っ///」
「やっと、笑ったな」
微笑むと、さらに赤くなる顔。
クスっと、笑えば、ムッと不機嫌そうにする彼女。
そんな、甘い空気を壊すアイツの叫び声。
「坊ちゃんん!?誰ですか、その女は!?」
「翡翠、落ち着け」
「落ち着けません!!くそ、羨ましい限りだぞ女!!私は1度も坊ちゃんに撫で撫でされたこともないのに!!」
悔しそうに、ハンカチを噛む翡翠。
リアクション古い。
「おのれ、坊ちゃんをたぶらかしたな!?許せん、この翡翠が相手に──「五月蝿い」
「いいから、戻れ。邪魔だ」
「うぅ……」
べそをかきながら、翡翠は名残惜しそうに帰っていく。
肩を落として、落ち込む翡翠の背中を見つめ少し罪悪感がわいた。
言いすぎた……かな
俺が、再び翡翠の名を呼べば彼は肩をピクッと反応させる。
「翡翠、お前の心配は少し過剰すぎる。だが、
心配してくれて、ありがとうな」
「ぼ、坊ちゃまああああ!!///」
「分かったから、離れろ!!」
俺の体から離れた翡翠は、嬉し涙を拭った。
はあ……。
「坊ちゃん、ありがとうございます!翡翠、感激しています……」
「はいはい。」
「ところで、坊ちゃん、この女子は?」
翡翠が、先程敵視した涼香を見る。
まあ、こいつのことだからとっくに調べているだろう。
なのに、今更聞くなんて。
何がしたいんだ。
「……俺の、好きな奴」
小さく呟けば、翡翠の眼鏡がピキッと割れた。
「坊ちゃん、今なんと……?」
「だーから、「うああああ!!」
「嫌だ!信じたくない!坊ちゃんに、愛する女性ができたなど……!!」
「ばっ……声がでかい!!///」
慌てて口を塞ぐと、翡翠は観念したのか言葉を止める。
隣をチラ、と見れば涼香は笑っていた。
胸が、甘く高鳴る。
まただ。
なんで、こいつを見ると。
胸が、痛くなるのだろう。
「坊ちゃん……?」
「───っ、なんだ?」
翡翠が不思議そうにこちらをのぞき込んだ。
翡翠は「いえ……何でもございません」と、やはり不思議そうに俺を見ていた。
「じゃ、翡翠。お前もう、帰れ」
「えっ、嫌です」
即答かよ。
俺は、翡翠の肩をつかむと微笑んだ。
「か・え・れ♥」
その笑みに、翡翠の額に汗が伝った。
怯んでいるのだろう、と直感した。
翡翠は、しくしくと、鼻をすすりながらまた名残惜しそうに帰っていく。
俺はそんな翡翠の背中を見ると、ため息をついた。
翡翠は、ヘリで帰ったようだ。
つか、ヘリで帰んなよ……
「……花之家ってさ」
「ん?」
珍しく、名前を呼ばれて過剰反応をする体を抑える。
少しの間があって、涼香は言った。
「意外と、家ではちゃんとしてそう」
「……俺がか?」
「うん」と、柔らかく微笑むコイツは。
マジ天使。
鼻血が出そうになりつつも、俺は平常心を保つ。
「そうか……?ただアイツらがうるさいだけだぞ?」
「かもしんないけど、花之家だって、おかしいよ?」
笑いを我慢しているのか、彼女は口元を押さえている。
あぁ。
こいつ、こんな顔して笑うのか。
「……花之家?」
じっと、見つめているときょとんとした瞳とぶつかった。
慌てて目を反らし、平常心を保つ。
「……あーあ、この後の祭りどうしようかな……」
独り言が漏れたのだろう。
彼女は、唇を尖らせて退屈そうに呟いた。
そうだな。
この後、どうしようか。
まあ、このままだと?
俺のイケメンオーラに耐えられない、犠牲者が続出──
「それはない。」
「えっ?……なんで心の中にツッコミ!?」
涼香は、ため息をついて周りを見渡した。
「……恋愛達、探そっかな」
「じゃ、俺は帰るか……」
「なんで?」
「いや、邪魔だろ?」
そう言えば、涼香は「は?」と小首をかしげる。
いや、だって女子同士で遊びたいんじゃ……。
「……どうせ、美土里とか連れてきてるんでしょ?」
「え、何故それを……」
「図星か」
涼香は、俺の腕をつかむと歩きだした。
え?
何、この状況。
「ほら、たくさんいた方が楽しいでしょ?」
「え?俺いていいの?」
「今日だけね。祭りは別。」
そ、それでいいのか?と、疑問に思うが。
少し耳を赤くさせた彼女を見て、俺は柔らかく微笑んだ。