男湯ののれんに手をかけたその時、ガラスの割れる音がして、私は思わず後ろを振り返った。

音のした方を見ると、割れたのは浴槽に続くあの扉だった。

割れたガラスの隙間から向こう側が見える。

向こうにいる、顔から血を流した男と目が合ってしまった。

男は血走った目で私の姿を捉えると、ゆっくりと手を伸ばしてくる。

私はあまりの恐怖に動けなくなった。

何かを言いたげに開いた口からは闇を吐き出し、赤黒く染まった手のひらを伸ばす。

男は何故かこちら側に出てはこない。

扉が開けば大変な事になるだろう。

「い、や……嫌ァァッ!!」

ようやく出た叫び声と共に、体の自由が戻ってきた。

急いで、この場所から逃げなきゃ。

男が追ってくる前に。

何とか男の視界から逃れ、元来た道を引き返す。

慌てて玄関に飛び出すと、がくんと足元が崩れた。

「わっ……嘘」

私が足を置いた場所は、木が腐っていたらしい。

それだけではなく、靴箱も来たときとは明らかに変わっていた。