「誰か、いるんですか?」

男湯ということも忘れて私は扉の向こうに呼び掛けた。

人の気配はない。

ひたひたという音は、扉の前でピタリと止んだようだ。

開けるべきだろうか。

扉に手を掛けようとノブに触れるも、何故か開けるのが躊躇われた。

どうしたものかと躊躇していると、まるで早く開けろと催促するかのように、バンッとガラスが叩かれる。

真っ赤な手のひらが磨りガラス越しに見えた。

ガラスを叩く手は容赦なく、ガラスには赤い手形がいくつも着いた。

何度も何度も、割れるのではないかと思う程に。

磨りガラスからは手形しか見えない。

その向こうに居るはずの人影すら映ってはいなかった。

血の気が引いたとはこういうことを言うのだろう。

一気に背筋が凍りついた。

向こう側からはこちらが見えているだろうか。

私はゆっくりと後退りすると、足音を忍ばせて出口に向かった。