ぶつかった記憶も動かした記憶もない。

だとしたら何故、人形はこちらを見ているのだろうか。

自ら動いた?

嫌な考えが脳裏に過る。

じっとこちらを見ているような人形の顔から何故か目が離せなかった。

ふと異変に気付く。

人形の口元が、見ているうちにもぞもぞと動いている気がした。

まるで、何かを訴えるかのように――。

人形を凝視してハッと気付いた。

『助けて』

確かにそう言っている。

何度も繰り返し、繰り返し。

まるで壁に浮かび上がった赤い文字のように。

心臓が走った訳でもないのにバクバクと音を立てる。

頭にあの光景が浮かび上がり、私は悲鳴をあげて駆け出した。

人形の視界から隠れたい一心で藪に逃げ込む。

背後からの視線を感じながら、当てもなく走った。