「お待たせしました」
ふわっと冬の匂いをまとって、富樫さんは現れた。
品のいいトレンチコートを軽くたたんでイスの背にかける。
「もう何か注文されましたか?」
ボーッとしてたから何も決めていない。
「いえ、私も今メニューを開いたばっかりで」
「ここはオムライスが有名なので、ひとつは注文しませんか?」
「いいですね。じゃあ、このデミグラスソースの方で。あとこのほうれん草とベーコンのサラダも」
「今日のおすすめは・・・かにクリームコロッケですね。お好きですか?」
「好きです・・・けど」
一つ500円はちょっとためらう。
「では2つ。遠慮しないで好きなものを食べましょう。せっかくですから」
非常にスマートにすすめられて、なんだかわからないけどとても飲みやすいワインで乾杯した。
富樫さんの話はとても面白かった。
今は大きな問題になって一つの課で対応していることも、昔は一人で処理していた、とか、昔の大雑把な時代のとんでもない仕事ぶりなど、同じ職場なのに異世界のようでひたすら「ふんふん」と聞き入ってしまう。
「やっぱり越えてきたハードルが違うんですねー。そんな仕事私には無理です」
「いやいや、ただ年取っただけですよ。前に進んでいるからってハードルを越えているとは限りません。ハードルを倒しても壊しても、進まなければならないのが仕事だから」
積み上げてきた人の言葉はやっぱり違う。
きれいじゃないだけに重みがある。
楽しい時間は早く過ぎるものだけど、内容が濃かったせいかみっちりした食事会だった。
お料理はどれも少し甘めながら上品な味付けで、本当においしかった。
カニクリームコロッケなんて、ひとつでもとてもボリュームがあるのにペロリと食べられた。
「おいしい、おいしい」と食べ続け、気づけばはちきれそうなほど満腹。
楽しい会話においしい食事、言うことなしだ。



