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「伊月君は、やめておいた方がいいと思う」

心の中を見透かしたような発言に、「さすがだな」と妙に感動した。

「それくらいの年齢の男の子って、ちょっと年上に興味あるじゃない。だけど結婚は別なんだよ。伊月君の『責任取る』も、結婚なんて想像ついてないと思う。そう言っただけ偉いとは思うけど」

有紀は採用になったばかりの年に2つ下の男の子と付き合った。
確か高卒で調理師をしている人だったと思う。

彼は付き合った当初から「結婚しよう」と言い続けていたのだが、まだ仕事に慣れていない有紀の方が待ってもらっている状態だった。

ところが2年経って有紀が結婚に前向きになると、急にのらりくらりと結婚を引き延ばし出したのだ。
こじれにこじれた関係の中、有紀はモヤモヤとした数年を過ごして別れた。

「一夜限りの過ちなんてこの年になれば誰しもあるものじゃない?私だって旦那に言えない夜のひとつやふたつ経験あるよ」

そのモヤモヤとした時期のことだろう。
比較的よく会っていた私ですらその全貌は把握できていない。
何やらいろいろあったであろうことは、言葉の端々から予想できた。
だけど、

「私は過ちの経験なんてない」

伊月君とのことも〈過ち〉とは思ってない。
私が望んだことだ。

「あんたはその名前や適当な性格に反して真面目で身持ちは堅いもんね。攻める人もいないのに無駄に難攻不落だと思ってたよ」

「性格はともかく安っぽい名前は私のせいじゃない」

「富樫さん、いいと思うよー。伊月君なんてライバルも多そうだし、付き合ってもいないのに不安にさせられるばっかりでいいことないじゃない。もう恋愛に割けるパワーも少ないんだから、穏やかに愛を育める相手がいいよ」

有紀はそのモヤモヤとした時期を経て、今の旦那様に落ち着いた。
詳しいことはわからなくても、消耗し切った彼女の心を旦那様が受け入れて包み込んでくれたのだとはわかる。

それは全身全霊をかけた恋ではなかったかもしれないが、有紀の揺るがない幸福感は本物だ。