ぬるくてもないよりマシなので、お財布を取って出ていこうとすると、
「給湯室使えなかったでしょう?よかったらどうぞ」
と、伊月君は課内に置いてある私のマグカップを机に置いた。
「すみません。カップ勝手に使いました。中身は普通にほうじ茶ですけど飲めますか?」
「いいの?ありがとう」
彼は土日の出勤に慣れた者らしく、自宅から保温ポットを持参してきていた。
少し大きめのマグカップにたっぷり入ったお茶は本当に熱々で、持っているだけで手があたたまる。
「━━━━━はあ、おいしい」
やけどしそうなほど熱いお茶は、熱を保ったまま胃まで流れていった。
「咲里亜さん」
「なに?」
お茶のあたたかみで気持ちがほぐれたのか、自然と会話ができる気持ちになっていた。
のに、
「俺は、咲里亜さんがあんなことを簡単にできる人だとは思っていません」
伊月君はその油断を突くように、真っ直ぐ斬り込んできた。
「・・・そう、言われてもねえ」
ああ、やっぱり妄想じゃなかったんだ。
言われた内容をよく考えるよりも、その事実に嬉しくなった。
どこまでもバカな女だ。
「どういうつもりだったんですか?」
「どういうって、あの時はお酒も入っていたし・・・」
「あくまで勢いってことですか?」
「ねえ、伊月君」
「はい」
あれから随分経ったから、もう話題になることはないと思っていた。
ところが伊月君は、さも昨日の出来事のように簡単に口にした。
淡々と質問されるたびに追いつめられていく。
「伊月君には悪いと思ってるけど、困らせないでよ。もう過ぎたことじゃない。それともセクハラとかそういうので訴える?」
「そんなことしません」
「だったらもういいでしょう?」
話を終わらせるために、私はパソコンに向かって仕事を再開した。
本当は頭が回っていなくて、無意味にキーボードをいじっていただけだけど、そのまま伊月君を無視し続けていたら彼も諦めて自分の席に戻った。
広いフロアが気まずさでいっぱいになる。



