単純作業から始めて少しずつペースが上がってきた私の方でも、いつの間にか没頭していたらしい。
「咲里亜さん、こっちもいいですか?」
伊月君に声を掛けられた時には、こんなに近くにいたことにも気づかなかった。
さっきは座っていたからよく見えなかったけど、今日の伊月君は寒い職場に対応したのか厚手のパーカーとデニムだった。
ネイビーのパーカーの襟元からはわずかに鮮やかなグリーンのシャツが覗いていて印象が全然違う。
デニムも細身で脚の長さを引き立てている。
久しぶりに見る伊月君の私服は免疫がないせいで、ドキドキが止まらない。
同時に適当なメイクにボサボサの髪、妙な重ね着をした自分が恥ずかしくなってきた。
「あ、はい。わかりました」
伊月君を見ないようにして差し出されたクリップボードを掴む。
受け取ろうと軽く引いたけれど、なぜか伊月君は手を離さない。
軽い膠着状態になった私の指先を伊月君はクリップボードを持つ手とは反対の手でギュッと握ってきた。
書類ばかり見て逸らしていた視線を、驚いてとうとう彼に向けると、意外なことに伊月君の方が驚いていた。
慌てて手を離しながら、
「冷たいですね」
とつぶやいた。
どんなに足下をあっためても指先は冷える。
少し赤くなった私の指先は、さきほどの接触くらいであたたまるはずもなく赤いままクリップボードを掴んでいる。
「今日は特に寒いもんね!あったかいお茶でも飲もっかな~」
指先とは別の理由で赤くなりそうな顔を背けて、いそいそと給湯室に駆け込んだ。



