携帯とお財布、そしてもこもこの膝掛けを持って職場に着くとすでに鍵は開いていた。
そのことを深く考えずに中に入ると、シンと冷えた空気に包まれた。
やりすぎかと思ったけど、膝掛けも持ってきて大正解!
スタスタと自分の机に向かい、その手前の席に座る人物に気づいて一瞬足が止まった。
今日は土曜日なのに、鍵は開いていたのに、どうしてそこに思い至らなかったのだろう。
油断していたから表情を取り繕う余裕もなかった。
「咲里亜さん、おはようございます」
伊月君の方でも、土曜日に私が出勤するとは思っていなかったようで、少し驚きながらそう言った。
「お、はようございます」
それだけ言ってさっさと自分の席に座ったが、混乱して何から手をつけていいかわからなくなってしまった。
寒いはずなのに、膝掛けを使わずにいたことに気づいたのは、それからだいぶ経ってからのことだ。
パソコンやプリンターの機械音。
キーボードを叩く音と紙をめくる音。
私がたてたものでなければ、すなわちそれはすべて伊月君から出た音だ。
残業していても二人きりになることなんてなかった。
だから伊月君の気配をこんなに感じることもなかった。
音だけ聞いていても、伊月君の仕事が早いことはわかる。
キーを打つ早さはもちろん、書類をまとめる音にもプリンターやキャビネットに向かう足取りにも、無駄や迷いは一切感じない。
あっちにふらふら、こっちにふらふら「あれ?私何しにここに来たんだっけ?」って仕事してる私とは大違い。
そしてこのペースで動いても休日出勤しなければならないって、どれだけの量をこなしているのだろう。
まあ、無駄に丁寧に仕事してるせいでもあるけれど。



