「そっか。ごめん。ちょっと脚がふらついて転んだだけだから大丈夫。ケガもないし」
「送ります」
きっぱり言われて嬉しかったけど、でも家まで送ってもらって「お疲れさまでした」ってあっさり帰られたら寂しい。
「お茶でもどうぞ」なんて言って「結構です」って断られたら心が砕ける。
そして、その危険性が濃厚。
「タクシー止めてもらってもいい?頭はしっかりしてるの。乗っちゃえば一人で大丈夫だから」
「咲里亜さんの家って何階ですか?」
「2階だけど?」
「階段は上れますか?」
階段くらい一人だったら四つん這いになってでも上れるから問題ない。
あとは家の中に入ってしまえばズリズリ移動しようが転がろうが誰に迷惑かけるわけじゃない。
タクシーを止めるのが一番の難関なのだ。
「大丈夫。なんとでもなる」
「もしかして警戒してます?」
「警戒?」
「俺に家までついて来られるのが心配ですか?」
きょとんと伊月君の顔を見る。
何が心配なんだろう?
家を知られて困ることなんかない。
送り狼的な話なら願ったり叶ったりなくらいだ。
「伊月君に警戒なんかしないよ」
私の心の中がわかるはずもなく、伊月君は意味を取り違えて少しムッとしたようだ。
「俺も一応男なんですけど」
「わかってるよ」
誰より誰より男の人だと思ってる。
「だったら少しは警戒した方がいいと思います」
「言ってることが矛盾してるよ。伊月君が男の人だってちゃんと思ってるけど、伊月君だから私をどうこうしたりしないでしょう?」
「そのつもりはありません」
「・・・それこそ、私も一応女なんですけどね」
ケッ!どうせどうせ。
今やかわいい女の子に囲まれて、私になんか食指も動かないでしょうよ!
「わかってます。ちゃんと女の人だと思ってます」
「へえええ。だったらお持ち帰りでもしてみる?」
してみろしてみろ。
できるもんならやってみろ。
暗がりで伊月君の表情ははっきりしない。
ただ彼は無言で手を挙げてタクシーを止めてくれた。



