例えばこんな切情を、



そっと伸ばした指先が、今度はちゃんと彼女に触れた。確かめるようにゆっくりと抱き寄せたあとで、僕は、いつでも思う。

死にたくなるような夜を越えて、悲しくて苦しくてどうにもならない今日をこれから何度重ねても、それでも彼女がそのたびに僕を訪ねてくるのなら、彼女の叩く扉が僕ならば、それはとても幸せな物語だと、強く抱きしめた腕の中に、思うのだ。


「……どうしてあなたが泣くの」


生ぬるい雫が、頬を伝っては落ちてゆく。戸惑うような彼女の声がすぐ耳元で聞こえることが、なぜかとても悲しかった。こんなに近くにいることが、彼女に触れてしまえることが、本当に触れたい何かにはどうしたって届かないことを教えているようで、悲しい。

悲しいけれど、それでいい。

悲しさだけで、寂しさだけで、虚しさだけで死ぬことは叶わないのだから、それでいい。


「泣いてないよ」


けれど確かにこの夜が、痛みがここにあるのだから。抱きしめた小さな熱と腕の中で聞こえる細い声を、肩に染みたあたたかい涙と救いようのないこの痛みを、



【例えばこんな切情を、】

(僕は死んでも、忘れたくない)