どうしようもないほど、悪人で


(三)

男との生活は続く。
変わったことと言えば、あの星の晩以降、男の戻りが早くなった。

前は三日、四日とあいていたのに、一日、半日たらずで帰ってくることが多くなった。

今日は何人殺したとか、どんな殺し方をしたとか、そんな話をする男。別段興味がなく、適当に相づちーー寝ていると起きろと起こされるため。を打って過ごす日々。

男が戻ってくればまた起きなければならないと、いない内に眠っておく。

ふと気付けば、虫も鳴かないような夜に目が覚めてしまった。

「……?」

男はいない。
また町一つを地図から消していて、時間がかかっているのだろう。

そんなありそうな理由も思いついたので、また目を閉じようとしたけど。

「眠れない」

まったくもって。
怠惰な毎日も、男がいるから最近は起きている時間の方が多くなってしまった。

「お腹が……」

しかもか。空腹を覚えてしまった。
空腹はとっくの昔に慣れたはず。むしろ、
食べ物を口にすれば胃が受け付けず吐いてしまうほどだったのに。

たった何日か、食事をするだけで、胃が滞りなく機能してしまった。

「……」

食事はない。十分過ぎるほどの量を置いていくのは、男がいつも長く外出する時。

「……、捨てられたかな」

愛嬌もない有機物は餓死しろ。と、何もないテーブルが語るようだ。

恋は魔法だ。解ける日も来る。

「……」

ただ、それだけの話。ゆっくりと目を閉じ、衰弱していこう。暖かいベッドの上が死に場所なんて、最高ではないか。

「……、いた」

ベッドからずり落ちた。

「……」

そのまま、腕を使い進む。飾りでしかない足は役に立たない。

「……なにを」

しているのか。
ベッドに戻るつもりが真逆。寒い寒い外へと体を引きずる。

土と石で体を傷付ける。せっかく貰った服も切れてしまった。

『ほらほら見ろよ。すっげー上物の服だろ?お前に似合いそうな色だ。は?裸でいいだぁ?ばーか、人間は服を着る生き物なんだよ』

「……」

体が重い。肋骨が浮き出ていたころは、腕の力だけであの村を一周させられても平気だったのに。

『お前、リンゴが好きみてえだから、アップルパイってのを持ってきたぞ。好きじゃない?嘘つくなって。自覚ねえのか?ハッ、お前より俺の方がお前のこと知ってんだな!俺はお前のこときちんと見てるからなっ』

「……」

目を閉じれば夢に逃げられた。寝ることしか出来なかったのに、目が冴えてしまう。

『起きろ!おーきーろー。寝てたらもったいねーぞ。夢も現実と同じで、怖いもんを見せてくるんだからよ。現実のが楽しくなってんだから、わざわざそっち行くなって。こっちは目を覚まそうが消えねえんだから』

「……っ」

石で体に傷が出来る。止まらないから。
傷の一つや二つ、数えるのも途方にくれるほどの傷痕をつけてきたから平気。なのに、どうして痛む。

『脱げ。バッ、怪我の手当てするだけだから、んな嫌悪感丸出しの目をすんなって!お前は時が経てばーとか言うけど、それまで痛いだろうが。治せるもんなら治しとくんだよ。いいか、こういうのは消毒して、薬塗って、包帯巻くんだ。はあ?自分の傷でやってみろって?しゃあねえな。こうして消毒液をかけてーーいってえぇしみる!』

「……ぁ、っ」

よく分からないことになっていた。
頬に何かが伝う。どこかに置いてきたものが、流れてしまう。こんなことをしても、誰も助けてはくれないのに。

『お前、笑わねえのな。泣きもしねえし。まあよ、気持ちは分からなくもねえ、俺もそうだったよ。世界に復讐出来る楽しさを見つけちまったから笑いまくりだけど。何がお前の“きっかけ”になるんだろうな。ーー俺だといいな』

「……ぅ、ふっ、うぅっ」

泣けば余計に、悲しくなる。
感情は不必要でしかない。涙は悲しみを訴えるものではなく、相手を愉快にするものだ。


楽しめば、楽しんだだけ後の不幸がより深くなる。幸福であればあるほど不幸が嫌になり、不幸であればあるほど幸福が恋しくなる。表裏一体のものはどちらか一方を無くすことは出来ない。だからこそ、笑顔(幸福)も涙(不幸)も捨て去った。