そのとき、同じタイミングでこっちを見た仁織くんと目が合った。
「あ、美姫ちゃん」
声は聞こえなかった。
だけど、ダークブラウンの瞳をきらりと輝かせて嬉しそうに頬を緩めた仁織くんの唇が、あたしの名前を紡いだことは遠くからでもちゃんとわかった。
そのまま、にこりと人懐こい顔で笑いかけられて、胸がきゅーっと切なく締め付けられる。
小さく手を振って笑い返そうとすると、廊下にできた列のどこかから知らない女の子たちの声がした。
「あ、今仁織くん笑った」
「あたしも見た。今日の甚平姿、新鮮でかっこいいよね」
あ、まただ。また、仁織くんの噂話。
かっこいい、なんて。
仁織くんにとっては喜ばしい、いい噂話。
だけどそれが、あたしの気持ちを暗くした。
せっかく仁織くんのこと見に来たけど。
仁織くんの作った焼きそば買いたいけど。
でも、列に並んで待っている間、あたしが知らなかった彼の噂話を聞くのは嫌だと思った。



