春の扉 ~この手を離すとき~


わざと長めに入ったお風呂。
のぼせてしまう寸前にあがると、案の定、あの人はいなかった。

泊まるような荷物は持っていなかったし。
それに帰るように仕向けたのはわたしで、これは予想通りのこと。


なのに、……寂しい気持ちが込み上げてくる。


でもこれでいい。
1人の方が気が楽だし。


って思うのは強がりだってことも分かってはいる。


そういえば、あの人が最後にこの家に泊まったのがいつだったのかさえも覚えていない。


リビングのテーブルにはデリバリーのピザがおいてあった。

『夜ごはん』ってことっぽいよね。

これがあの人なりの“母親”なんだろうな。
わたし1人で食べるのにLサイズを頼んでいるあたりも、料理が苦手なあの人らしい。


冷めかけのピザを1切れだけ食べると、残りは1つずつ包んで冷凍庫に入れた。
これでしばらくは夕飯を作らなくてよさそう。

そこだけは感謝かな。