春の扉 ~この手を離すとき~


「話って、時間が遅くなったことの話だったの? 」

「そうだけど? 」


話に割って入ったわたしに、驚いたようにこの人は顔をあげた。
そこでやっとわたしと目を合わせてくれた。


「今度から気をつけるから。それより夜ごはんがまだなら」


―― ピピピピピ、ピピピピピ、ピピピピピ、



『夜ごはんを一緒に食べようよ』


淡い期待を込めて勇気を出して言おうとした言葉を、何にも飾り気のない単音の着信音が遮った。


この人はわたしの言葉の先を気にすることもなく、ソファの上に転がっているスマホへと向かう。


「ごめん、会社からだわ」


そう言って電話に出ると、煩わしそうな表情を浮かべながらソファに座って足を組んだ。