「美桜ー、時間がないんだから早くしなさい」

「はーい、すぐ行くってばー」


少し離れたところから叫んでいるお母さんに、わたしは手を振ってこたえた。


「じゃあ、お母さんが待ってるから」

「明後日の卒業旅行までには絶対に帰ってくること」

「もちろん! 」


智香の念押しにわたしがこたえると、側でブーイングが始まった。


「お前たちだけずるいぞー」
「女子会の意味が分かんねーっての」


計画にはずされている純輔と健太郎くんは心から悔しそうだった。
でもこの卒業旅行は文乃と智香との3人だけ。
純輔と健太郎くんがいると話せないこともたくさんあるし。


「じゃあ、明後日ね! 」


そう言ってみんなから離れたけれど、わたしはお母さんのところに行く前に、1本の若い桜の木の前で足を止めた。


おばあちゃん、……冬は本当に必要なものなんだね。


あの日、先生と触れたこの桜の木は、今年も冬を乗り越えて美しい花を咲かせている。




「美桜、ちょっと待って」


健太郎くんがチラチラと智香を気にしながら、足を止めているわたしに近寄ってきた。


「あのさ、……いろいろありがとうな」


側には誰もいないのに小声で、というか智香に聞かれないようになんだろうけれど、少し恥ずかしそうに健太郎くんが言ってきた。