見たこともないような恐い顔で、黒いオーラを放っている。


こんな矢沢君は初めてだ。


矢沢君はどうやら、後ろから男子の背中を蹴ったらしい。


「お前、こいつに何しようとしたんだよ?」


矢沢君は今度はその男子の顔のそばに回り込んで、上から鋭く睨み付けた。


「な、なにって……俺はただ、サララちゃんと……っ付き合いたくて」


「は?誰だよ、サララちゃんって」


「お前、サララちゃんを知らないのか!?深夜放送の妄想女学院っていうアニメ番組の中の女の子だよ!春田さんは、まさにサララちゃんそのものなんだっ!」


あまりにも真剣に言う姿にドン引き。


矢沢君も一瞬「は?」って顔になった。


そして、だんだん同情したような顔付きになり……その場にしゃがみ込んで、男子の肩をポンとひと撫で。


「お前、頭大丈夫か?」


「う、うるさい……っ!お前にだけは言われたくない!」


「あ?なんだと?」


「うっ……ごめんなさい」


矢沢君はあたしの怯える姿を見て、拳を震わせた。


そして、怒りを鎮めるように深いため息をひとつ吐き出す。


「百歩譲って、今回だけは許してやる。けど、次にまた同じことをしたら絶対に許さない。お前が集めたサララちゃんのフィギュアやコレクションした物を、全部ぶっ壊してやるからな」


「ふ、ふざけるな……っ!誰がそんなこと!」


「だったら!二度と菜都に近付くんじゃねー。次はないから覚悟しとけよ」


低くドスの効いた声で釘を刺す矢沢君に、胸が締め付けられる。


どうして……?


なんでそこまで言ってくれるの……?


あたし、矢沢君にひどいことしかしてないのに。


そこまでしてもらう理由なんてない……。