あの頃姉は高校一年になったばかりで、私はまだ12才だった。        幼い私は季節にまだ敏感で、冬には埼玉の町にも雪が容易に降っていた。
 そしてあの冬の日、雪が舞う寒い明け方が、姉の制服姿を見た最後の日になった。廊下で立ち尽くした私に気付いてゆっくり振り向いた姉は口だけで「ばいばい」といって白の向こうに溶け込んで、静かに玄関のドアを閉めて行ってしまった。裸足で駆け出して外に飛び出すと、寒さが一気に身に染みて、頬に伝う温度で初めて自分が泣いている事に気付いた。
「いつ帰ってくる?」
私が少し離れた姉に言うと、姉は少しだけ躊躇ったように口をつぐんでから、
「いつか、絶対、帰るから。」
そういって俯きながらまた雪の中を歩いていった。  一本道を雪が覆って、まだ新しい白の絨毯の上を姉の足跡だけがどこまでも続いていた。
 もしもあの時私が走り寄って止めていたら、泣きながら「行かないで」と言っていたら、何か変わっていただろうか。あれから10年経った今でも、そう思わずにはいられなぃ。
「死んだわけじゃあるまいし。」あなたはそう言って笑うけれども。