私が傷ついたって、どうにもならないってわかってるのに。


それでも、痛みが引くことはなかった。



胸元を抑えた私の横を、――ふわっ、と知っている香りが通り過ぎた。



この、香りは……。


心臓が一時停止したような感覚に陥る。


そんなわけ、ない。


いや、だって。


ありえない。



「お、かあさん……?」



お母さんが、ここにいるわけ、ない。


でも、間違えるわけない。


お母さんが愛用していた香水と、お母さん自身の匂いが混ざった香り。


ふんわりと甘い香りが、まだ幼い記憶の中に残っている。



反射的に振り返った。


けれど、人が多すぎて、お母さんの面影を見つけることはできなかった。



……違う。


見つけられなかったわけじゃない。


お母さんと同じような香りをした人がいただけ。


最初から、ここにお母さんはいない。



そう、強く自己暗示した。