危険地帯




ねぇ、教えて。


大丈夫って、何が?




「お前は、母さんが出て行っても泣かなかったからな」




瞬間、あの“声”が私の聴覚も視覚も奪った。


バイオリンの綺麗な音色を孕んだ、遠い過去の記憶。


割られた食器の残骸を、そのままにして。


冷たく私を見下ろしながら吐かれた、私を産んだお母さんの声。




『――あんたなんて、』




お母さんを見たのは、それが最後だった。



お父さんの『待ってくれ!』とお母さんを呼び止めようとした声なんて構わずに、お母さんは私とお父さんを捨てて、家を出た。



お母さんの背中が、見えなくなると。


お父さんは瞳を潤ませて、私の前だというのに、自分ではコントロールできないからか、しばらくの間ずっと、大粒の涙を流していた。