「若かぁ……」
はぁと大きく出たため息。家に帰った私は、亜紀ちゃんが同情して買ってくれた本を読んでいた。
ロミオとジュリエット
しかし当たり前だけど文字ばかりで、もう心が折れている。
まさか恋した相手がヤクザの息子なんて、何分の一の確率だろうか。だれが想像できたの?
全く進まない本をバタンと閉じて、もう1つため息。するとお風呂上がりなのか、ホカホカの湯気を身体から舞い上がらせているお兄ちゃんが、ジュースをとって目の前に座った。
「珍しいな。真子。読書してるのか?」
「…まだ1ページも進んでないよ……」
「なんだそれ。あ、シェイクスピアじゃないか。また切ないの読んでるなぁ。悲恋だもんな」
正しい道と書いて正道(マサミチ)
まさにぴったりの名前を持っているお兄ちゃんは、私から本をソッと取るとペラペラとめくっている。
「悲恋は苦手だなぁ」
そんな風に苦笑いしながら、すぐに私に返すと今度はチャンネルを取りテレビをつけた。
ちょうど刑事ものがやってる最中だ。
私がヤクザの息子に恋したなんて知ったら、きっと飛び跳ねるだろうなぁ……
呑気にテレビを見ている兄を見て心底そう思った。
「警察官って大変だね……」
ポツリとつぶやいたらお兄ちゃんの目がテレビから私に移る。
「どうした?急に」
「……だって家族がもし、間違った道に進んだら信用問題に関わるでしょ?」
「ああ…まぁな。」
諦めるしかない。
頭ではわかっているのに。
あの笑顔が頭から離れない。
なんて厄介なんだ。恋に落ちるって。
「……真子……もしかしてお前」
兄が勘ぐるようにそんなことを言ってきたので、ギクッと肩を揺らした。もしかして、何か気付いてしまった?
「またテストの点数悪かったのか!?」
しかし、そんな訳なくていつもならホッとしないセリフに今日はホッとした。
「テストまだだよ…」
「バカだな。勉強はコツコツやるのが大切なんだぞ。成績上がらないのはそのせいだな。」
「……耳が痛い…」
「頼むからもっと勉強して、成績あげろ」
「はーい……」
私の答えに、よろしい。なんて言ったお兄ちゃんは、再びテレビに視線を戻す。
私の行動1つが、家族の人生を大きく変える。
諦めるなら今だ。
まだ名前も知らないのだから。
そんな風に自分に言い聞かせて、彼の笑顔を頭から消すように努力した。