笹本と書かれた表札が貼ってある我が家は、ご近所でもとても有名です。
「おはようございます。」
「あら、真子ちゃん。おはよう」
「お兄さんとお父さんは?もうお仕事?」
「はい!行きましたよ!!」
「いつもほんと市民のためにご立派ね~。真子ちゃんも行ってらっしゃい。」
お隣のおばさんは、とてもおしゃべり好きな奥さんで、私は毎朝お見送りしてもらっている。
「町内に警察一家が住んでるなんて鼻がたかいわぁ。」
そして我が家を有名にしたのも、お隣のおばさんだ。
彼女の言った通り、うちは警察一家。
父は警察署長
母は、父との結婚を期に退職したけれどずっと交通課にいたし
兄は駆け出しの警察官。
真面目な家族なのは、一目瞭然。
みんな身長が高く、頭もいい。とても自慢の家族だけど、1つだけどうしても納得いかないことがある。
そうそれは、私のこと。
誰の血を引いたのかわからないけれど、身長は149センチ。頭もいい方ではなくエリート街道真っしぐらだった兄とは違い、いたって普通の高校に入学。
なぜ、私だけ……といまだに落ち込むことがあります。そんなことを言っても仕方ないのはわかっているけれど、思わざるを得ない。
だけど真っすぐな子どもになるようにと名付けた父の願い通り、悪いことはしたことありません。
門限は必ず守るし
校則も守っている
何より曲がった事は大嫌い
何事にも真っ直ぐぶつかっていきます。
せめて家族の顔に泥は塗らないようにと生きてきたので、立派に警察官の娘を頑張っていると思っています。
だから今日も6時間目の授業で数学の先生が、黒板に書いたことを何1つ理解できなかったけど、それでも家族に見放されることはない……。多分……
「真子?なにしてるの?帰るよ。」
「亜紀ちゃん……」
「なに?どうした?」
私の前にやってきた背の高い女性は、金本亜紀(カネモトアキ)。同い年なのに面倒見が良く、私のお姉さん的存在だ。
「どうしてこの世に数学なんてあるの? 先生の言ってること呪文にしか聞こえないよぉ~」
今日やったところを何度も見てみるけれど、やっぱりなにも理解できなかった。数学なのにアルファベットを出さないでほしい。
「…可哀想に……」
「もうやりたくないよ……日本語だけでいっぱいいっぱい」
「でも勉強しないと、警察官になれないわよ。」
「ならないもん。」
警察一家だからといって、必ずしも警察官になりたいというわけではない。私には無理だ。絶対
「まぁね。真子はそれでいいの。運動神経はない、勉強はできない、おまけに小さい。警察官なんかになったら私の寿命が縮んじゃう!!」
だけどこうもはっきりと言われたらやっぱり落ち込んでしまうわけで。
「…亜紀ちゃんひどい……」
「可愛いからいうのよ。もう!怒らないの。」
毎回いじられるたびに拗ねている。
いつものことだと頭をクシャクシャと撫でてくれる彼女をそのままに、教科書をカバンに片付けたらマナーモードにしている携帯が光っていた。
「……お母さんからだ」
着信が入った後に、きたメール。
お父さんが早く仕事を終われたからみんなで食事に行こうって言ってるの。直接〇〇駅まで来れる??お母さんも向かうわね。
家とは反対方向の駅。
家族で食事なんて何ヶ月ぶりだろうと少しワクワクした。
「真子ママなんて?」
「んー?ご飯に行こうかだって。ごめんね……今日一緒に帰れなくなった。反対方向なの。」
いつも一緒に帰って、なんなら危ないからと家まで送ってくれる亜紀ちゃんに、両手を合わせて謝る。すると彼女は心配そうに私の肩を掴んで揺らした。
「1人で大丈夫!!?」
「え、だ、大丈夫だよ」
「誘拐されない?!変な人について行っちゃダメよ。あと痴漢には気をつけて!真子は小さくて可愛いからすぐ狙われるわよ!!」
亜紀ちゃんそれ過保護すぎ……
思わず心の中で思う。
「私これでも警察官の娘だよ!そんな人は捕まえちゃうんだから!!!」
「…ああ…小学生が頑張ってるようにしか見えない…心配。可愛い……」
ひどく失礼なことを言う彼女に私は眉をしかめた。「ごめん。そんな顔しないの」なんて謝罪しながら亜紀ちゃんがムニムニと頬を揉んでく る。
……本当にこの身長は、疎ましい低さだ。