俺とアイツと喋るぬいぐるみと東京の青い空

いつも一緒に登校しているのに、その日の佐々木は俺より早く、さっさと学校に行ってしまっていた。
 昨日の今日じゃ、一緒に学校に行く気にもならないよな。
 クラスメイトが次々に俺に朝の挨拶をしてきた。
 俺は「佐々木より先に挨拶してくんな!」と心の中で絶叫した。
 ああ、神様。俺の心を北海道のようにでっかくしてください。
 いつも思うんだ。佐々木の事を考えるだけで、どんどん心が狭くなっちまう。
 俺と一緒に登校しなかった日は、誰よりも早く真っ先に、教室に入った俺を見つけて、とても嬉しそうににこにこ笑顔で「おはよ!」って言ってくれるのに、今日はやっぱりちょっと違っていた。
 椅子に腰掛けて、俯いたまま、俺の気配に気付く様子が無かった。
 ふと、佐々木が顔をあげて、俺を見つけた。
 俺を見るなり、佐々木のおっきな瞳から、おっきな涙が零れ落ちた。
「どうしたよ!?」
 俺は駆け寄って声を掛けたものの、原因は、俺だよなぁ…なんて思った。
「…なんでもないよ。おはよ」
 その言い方は明らかになんでもなくなかった。
 話を聞くことに成功した俺は本当に驚いた。
 あの後、具合が悪くなった佐々木は、あの喋るぬいぐるみのヒロヒデを抱きしめながらベッドに入ったが、突然の吐き気に襲われ、何とそのヒロヒデに向かって何度も嘔吐してしまったとか。
 「ヒロヒデ」と言われたとき、俺の心臓は喉から飛び出そうになった。
 それは俺の名前が木村寛秀だからだ。
 詳しく話を聞こうとしたら、佐々木はおっきな瞳から、おっきな涙を何度もこぼして、小さな震える声で話してくれた。
「ヒロヒデを抱きしめて、ずっと顔を見ていたら、木村の顔に見えてきて…コイツもオレのこと襲うのかな?って思ったら吐き気が止まらなくなって…ごめんね。変な名前付けちゃって」
 変な名前と言われちまった。
 北海道はでっかいどー。俺は心の中で大絶叫した。何度も言うが、俺の心だって本当にでっかいどー。
 そして、涙を拭いながら、一生懸命にこにこ笑顔を作った佐々木は、最後に一言こう言った。「ヒロヒデ、壊れちゃったんだ」って。
 俺は堪らず「ヒロヒデが壊れても、この木村寛秀は壊れたりしねえよ!」と叫びたくなったけど、俺にはそんな勇気も度胸も無かった。
 夏の暑い風が骨身に沁みるぜ、チクショウ。 不意に、佐々木の顔色がとても悪いことに気が付いた。
 本当に血の気が引いて、怖いくらいに真っ青で、唇も紫色になっている。
 そういや、コイツ、ここ最近急激に痩せたんじゃないだろうか。
 俺が声を掛けようと思ったとき、佐々木は椅子から崩れ落ちた。
 そのまま救急車で病院に運ばれた佐々木に、俺は無理矢理くっついていった。
 救急車の中で俺は意識のない佐々木を祈るような気持ちで凝視めていた。
 神様、コイツを天国になんか連れて行かないでくれ。
 まだ、こんなにちっこいんだ。まだ、未来が沢山あるはずなんだ。
 だって、そうだろう?俺に沢山の未来があるように、佐々木にだってあるはずなんだ。
 そうじゃなきゃ、俺が困るんだ…。