あの日、自分の命の代わりにと千鶴を助けようとした美影。
神は彼から右翼を奪った。
そして美影の腕で眠る千鶴にそれをさずけたのだ。
『お前の命とは、それ即ち漆黒の翼であろう』
そう言って、神は千鶴を神使として生まれ変わらせたのだ。
美影と対として。
泉にたどり着くと、彼らは冬眠から明けた動物に囲まれた。
幸せとは、この様子を表したものであろうか。
そう思った美影は、ふと気がついて千鶴に向き直った。
「千鶴」
「なんでしょう」
美影に顔を向ける千鶴と、その視線を受ける美影。
その双眸は、互いを写していた。
神使になった際、病が消え去った千鶴の瞳は光を取り戻していた。
「以前ここで、俺を慕っていると。それは……今も変わらないだろうか」
少しだけ不安気な美影に、千鶴は不思議そうな顔をして。
「何をおっしゃいますか。貴方様への気持ちは、これまでもこれからも、変化しようがありません」
その言葉に、ほっとした美影は、千鶴の手を握った。
「ならば、返事をさせてくれ」
彼の言葉に、今度は千鶴が背筋を伸ばした。
期待と不安が入り交じった瞳が自分の姿を写してなお、慕っていると言ってくれる。
それはなんとも嬉しいことなのだろうか。
「……愛している。あの時も、そして今も」
美影の言葉に、千鶴は涙を流した。
「お前は泣き虫なのだな」
そう言う美影は、しかし柔らかい笑を浮かべて、彼女の頬を両手で包んだ。
「共にいてくれるか」
美影のその言葉に、千鶴は。
「はい、はい。当然でございます」
そう言って目の前の愛しい恋人に身を委ねた。
愛し合う恋人同士のことを、森の動物たちと、そして1人の神が見ていたのだった。