泉には、冬が近いこともあり、動物の姿は僅かしか見えなかった。
しかし、千鶴はそれでも幸せそうに笑った。
「……ここは、こんなにも落ち着くのですね」
千鶴を草の上に下ろし、その肩に俺が羽織っていた単をかける。
そして抱きしめるように俺の肩にもたれさせると、千鶴はゆっくりと目を開けた。
「……美影様」
「なんだ」
彼女はゆるりと手を上げるが、力が入らないのか、落ちそうになる。
その手を掴むと、千鶴は手を上に上げようとした。
その意図をくみ取り、千鶴の手を俺の頬に当てる。
すると彼女は、嬉しそうに、満足そうに微笑んだ。
……俺は、あと何度この笑顔を見られるのだろう。
あとどのくらい、共にいられるのだろう。
そんな不安を感じつつ、彼女に顔を向けると。
「……美影様は、ご迷惑に思われるやも知れませんね」
そう前置きして、千鶴は目を瞑った。
「私は、もうずっと前から、貴方様をお慕いしておりました」
その言葉に、息を飲んだ。
そして、合点がいったのだ。
千鶴に会いたい、千鶴の声を聞きたい、千鶴に笑ってほしい、ずっと、千鶴と共にありたい。
己の解けぬ感情に、気がつくことができなかった。
しかし、この感情は。
「……俺は」
言ってはならない。
人ならざるものが、人に恋をするなど、笑い話にもならない。
生きる場所が違う者どうし。
そして俺は、神に使える神使であるのだ。
本来ならば、会うことも不自然だった俺達。
「……神様のお使い、なのですよね」
その言葉に、驚いて彼女の顔を見ると。
彼女の頬を、1粒、涙が伝っていた。
「貴方がまとう雰囲気を、感じていながら黙っていたこと、お許しください。言ってしまえば、もう来てくださらないと思っていたのです」
「……何故」
「私は、良いのです。お返事など、良いのです。ただ、聞いて欲しかった。神様のお使いではなく、美影様に恋をした私の言葉を、聞いて欲しかったのです」
一言一言を、大切そうに呟く千鶴を、愛しいと思ってしまった。
この感情に、名前を付けてしまった。