そして、社の裏にたどり着くと、彼女を下ろした。






「…ここは?」





「こちらへこい」





そう言って歩き出そうとした俺の服を掴んだ彼女に驚いて振り返ると、千鶴は不安そうな顔をして俯いていた。






その表情に、千鶴が盲目であることを思い出し、彼女の手を握った。






すると、彼女のほうも握り返してきて、俺にそっと寄り添った。





少し安心したような表情に、何故か胸の高鳴りを覚えつつ、俺は歩き出した。







少し歩いたあと、そこにたどり着いた。






そこは滝が打ち付ける澄んだ泉があり、動物たちのたまり場になっている。






それらは、いつも来る俺には驚きを見せないが、隣の千鶴には警戒を見せた。






しかし、泉の水を飲んでいた子鹿が、無邪気に彼女に近づいた。





突如手の甲に触れた鹿に驚いた千鶴ではあったが、恐る恐る鹿に手を伸ばした。






子鹿は本能から、逃げようと踵を返す。





けれど俺が子鹿の背を撫でると、途端に大人しくなった。






「恐る恐る触れるな。動物は感じ取る」





俺がそう言うと、千鶴はゆっくりしゃがみこむと、子鹿に手を伸ばす。





が、それが触れる手前で空を掴んでいるのを見て、俺は彼女の手を掴むと、子鹿の背に回した。






初めて触るのであろう感触に興味を示す千鶴は、そっと手を動かして子鹿の背を撫でる。






子鹿はその感触に、気持ちよさそうに首を捻った。





そんな子鹿の様子を見ていた他の動物たちが、徐々に俺達の周りに集まり始めた。





「私、動物に触れるなんて初めてです。温かいのですね」





俺は草の上に腰を下ろし、膝の上に乗ってきたうさぎの背を撫でた。





千鶴の名を呼んで、その隣に座らせる。





千鶴は、しばらくうさぎやリス、狐などに触れながら、嬉しそうに微笑んでいた。








やがて、ゆっくりと俺にもたれ掛かると、目を閉じた。






「………幸せで、時が止まれば良いのに、と考えてしまいますね」





彼女の言葉に、俺は無意識のうちに千鶴の肩を抱いていた。





「…狐さんの隣にいると、幸せを感じるのは、どうしてでしょうか」






「……美影だ」






神しか知らぬ自分の名を彼女に告げたのは、どうしてであろうか。






「……美影様。……あなたに出会えて、幸せでした」





彼女の言葉は、俺の胸に深く突き刺さった。