時にして、約2分。
社のある森を抜ければすぐ近くに屋敷を見つけた。
それは屋敷というには小さく、そして古かった。
その近くの木に留まると、中に目を凝らす。
俺の顔を覆っている烏の面をずらし、直接目を向ける。
すると、中にはどうやら一人の娘がいるらしく、その後ろ姿が見えた。
長く見事な黒髪、肩幅は狭く華奢で、葵色の単を着ていた。
あれが病気の娘か、と納得した瞬間、彼女が振り返った。
…………………息が止まるかと思った。
長らく妖怪の世で暮らし、神と接してきたが、彼女はその類か。
そう思ってしまう程に、彼女は美しかった。
病気がちであるからか、雪のような肌は日焼けを知らず、スッと通った鼻梁はその美しい顔に違和感なく存在している。
赤い唇は静かに引き結ばれ、闇色の瞳は少し虚ろだった。
彼女は振り返ったままこちらに歩いてきて、障子を開けた。
「どなたでしょう」
小さく呟かれた声は、俺に向けたものだ。
その事実にさえ驚いた。
こいつ、見えるのか。
普通ならば、先ほどの男のように、俺達の気配は感じられないものだ。
試しに、と木から落りたち、彼女の前に現れると。
「……………貴方、は?」
こてん、と傾げられた彼女の首。
その動きに合わせて黒髪が揺れる。
「………神に使える狐とでも名乗ろうか」
と、静に告げると。
「まぁ」
からからと彼女は楽しそうに笑ったのだ。
「あらあら狐さん。私は貴方のような狐をついぞ見たことがございませんわ」
そう言って笑う彼女に、俺は恋したのかもしれない。
その時はまだ、わからなかったが。