風を切って、高く高く飛翔する。






そして雲を二つ三つ越してから、ピタリと羽ばたきを止める。






当たり前だが、身体は重力に従って下へと落ちる。







そして、地面スレスレで羽ばたく。







ゆっくりと地面に足を付ければ、羽はただの飾りだ。







ここ数年、そんなことばかりしている。






楽しみなんてものはない。





神に仕える八咫烏(ヤタガラス)。





そう言われれば聞こえはいいが、要すに召使いみたいなもの。








ついでに言えば、俺が仕える神の社は人の訪れも少なく、案内すらもご無沙汰だ。







そんな所で、神は社に篭ったまま。






俺は一人だけ。






言ってしまえば暇なんだよ。





今日も今日とて、参拝者は0。







つまらない。







俺はまた羽ばたき、近くの大木の枝に降りると、寝転んだ。







そして目を閉じる。






そうすれば、鳥や兎などの動物の声がする。






それを聞いて、俺はうたた寝でもしようと、腕を枕がわりにする。







が、その時、音がした。






動物とは違う、自然物でない足音。







それが人のものだと気がついて、俺は木の枝から身を乗り出した。






社の前、一人の男が膝をついて祈っている。






俺は風を起こしてその声を拾った。






「近くの屋敷…………………娘が…………身体が弱く………どうか………」






途切れ途切れに聞こえる願いを解析すると、どうやら近くの屋敷にすんでる男で、コイツの娘が病気なので治して欲しいらしい。






ふ、と鼻を鳴らすと俺は社の前に降り立った。





どうせ男には見えない。




その証拠に、こいつは俺を風としか認識していないんだろう。





『………行け』






短い声。





低く、よく通るこの声は、俺の主であるこの社の神のものだ。






俺は腰をおって一礼すると、翼を動かした。