男性が語り終えると、時を見計らったように風が柔く私たちの間を通り抜けた。
「……それで、2人はどうなったんですか?」
「さぁ、どうだろう」
私の疑問をさらりと流すと、彼はからからと楽しそうに笑った。
「これは僕が人から伝え聞いた話だからね。それからのことはわからないよ」
そうなのか…。
できることなら、幸せであって欲しい。
一目惚れした彼に嫌われることを恐れ、やっと受け入れてもらえた狐。
愛してほしいと願い、運命を見つけた男の子。
そしてすれ違ってしまった2人の男女。
みんなの恋が順調にいくとは思ってないけれど。
「幸せになって欲しいなぁ」
私が吐露した言葉を聞いて、お面の奥が笑った。
「どうだろうね。もしかしたら、2人は一緒になって生涯を遂げたかもしれない。もしくは、狐の父親によってまた引き裂かれてしまうかもね」
そっと、私の頭に大きな手が置かれる。
「今となっては、本人にしかわからないけれどね」
「………………」
彼は、不思議だ。
物語を話している間も、時々悲しそうだったのだ。
……顔は、隠されていて見えないはずなのに。
「ふふふ。…おや、もうこんな時間か。日がだいぶ傾いてしまった」
夕焼け色が濃くなり、下の方が紫色に変わっていることに、彼に言われて初めて気がついた。
「…では、ついそこまで送っていこう」
「え?いえ、悪いので…」
私が断ろうとすると、彼は首を左右に振った。
「そう言いなさるな。どうせすぐそこまでだからね」
「……でも…」
なおも言葉を濁す私の横で立ち上がった彼は、数歩歩いて振り返った。
「……送らせておくれ。この時刻は危険なのだよ」
風が吹き、彼の後ろで、長い黒髪が揺れた。
「……では、少しだけ」
私がそう答えると、彼は何も言わずゆっくりと歩き出した。
私は、その後ろ姿について歩き出した。
道を歩いている間、彼はずっと無言だった。
時々、猫の鳴き声が悲しげに、けれど楽しげに響き、空気を揺らした。
そして、見知らぬ路地を見つけた場所までくると、彼は足を止めた。
「さて、すまないが私はここまでしかいけないんだ」
着物の袖に反対の袖を入れる様にしながら、彼は首を傾げた。
「どうだろう、今日は楽しんでもらえたかな?」
「はい、とても」
「そうか」
満足気に頷くと、彼はゆっくりと手を伸ばし、私の髪をなでた。
「では、もしまた気が向いたら、同じ時間にここにおいで。面白い話を用意して待っていよう」
「………はい」
私が頷いたのを見ると、彼はゆっくりと路地に戻っていった。
私も、家へ向かう方向に1歩足を踏み出す。
と、神社を見つけた時と同じような突風が吹き抜けた。