一人になったことにより、女が纏わり付いた石川くんに感心した後

私は講義を聞くための教室へと急いだ。


ちらほらと生徒が座っている中、定位置と言っていい場所にいる女の子の元へ向かう。


「おはよう。つーちゃん」

「おはよーす。」

彼女は高橋 つぐみ

私のことを華奈と同じくらい知ってるんだよね。つーちゃんは。大学に入ってからできた友達だけど……相変わらず同い年とは思えないくらい大人びてる。

10歳上の彼氏がいる人は違いますな。

そういえばつーちゃん華奈と同じ高校だし付き合い長いよね……どう報告すればいいんだ。この事態を。


「なに?横に来ていきなり暗い顔して。」

「いやいや。色々ありましてな。ねーさん」

「へー」


おいおい。ものすっごい棒読みの”へー”だな……。友達ながらびっくりしちゃったよ。
まぁいいか。


そんなことを思いながら、机の上に教材と筆記用具を出しふと考えたことがある。


つーちゃんには華奈のこと流石に言えないよね……


「ねぇ」

「は、はい?」

「彼氏となんかあったの?」

「ぶふぉ!」


言えないと思っていたばかりなので、いきなりの質問に驚きを隠せない。


ぶふぉ!とか叫んだの初めてだわ。なんなのつーちゃん。怖いんですけど。


「な、ナンデデショウカ」

「いや……わかりやっす。いつもなら入ってきて速攻、

だいちゃぁああん

なんて手を振ってからこっちに来るのに、今日はお互い目も合わさないじゃん。あからさまな無視。気づかない方がおかしいっての。」


恐れ入ったわ。ごもっともで。

実はさっきから視界に入れないようにと頑張ってはいるんだけど、どうしても入ってきていた。


ああ……だめ。また脳裏に焼きついたあの光景が思い出されてしまう……


「多分だけど……別れました」

黙っているのもおかしいなと曖昧な言葉をつけると怪訝そうな顔の彼女。


「……多分?」

「いやぁ……浮気されちゃってさ、話し合ってないけどそっからお互い一切連絡取ってないし自然消滅的な感じかな。」

「……浮気とかカスじゃん。死ねばいいのに……」


怖いことを呟きながらシャーペンの芯を出すつーちゃんに、私は苦笑いしかできない。


相手は華奈です

よし。心の中で報告しておいた。

「あんなに好きだったのに一回の浮気で終わっちゃうなんて朱里にしてはあっけないね……」

つーちゃんが続けて放った言葉に私は笑顔を強張らせる。

彼女が私をよくわかってるなと思うのはこういうとこなんだよね。私って大ちゃんにものすごく弱いんだもん。

浮気現場をこの目で見ていなかったら、きっとあっさり許してた。


「それがさ……もう正に浮気してる時に家行っちゃって……」

「へ……まじ?」

「しかも苦し紛れに出た大ちゃんの言葉がさ、”ごめん”じゃなくて”お前が悪い”だよ。そりゃ終わるよねぇ…はは」


無理して笑ってはみたけれど、あの日のことを思い出しただけで泣きそうだ。

極め付けは、浮気相手だよね。信じていた友達。

このダブルパンチは流石に痛かった。……辛いぜ


「ほんとうざいじゃん。合コンでもセッティングしようか?気晴らしになるっしょ?」

「ううん。そりゃ次の恋するのが1番いいかもしれないけどさ、私がダメな部分がゼロではないからなって思って。」


この身体じゃなぁ……

なんてため息が出る。
つーちゃんの気持ちはものすごく嬉しいけれど、変わらなければいけないのだ。私の方が。


「…浮気する方がカスでしょ」

「いや…違うんだよ!いまから熱く語るから聞いて!」

「手短におねがいしまーす…」


つーちゃんは全く興味がなさそうだけど、それでも私は熱く語ることを諦めない


「男はさ…やっぱり彼女と触れ合いたいんだよ!!こう繋がりを激しく求めるから頭の中はピンク一色なの!

手を繋ぐだけで幸せ。側にいるだけで幸せ。いやもうこれ嘘!!

したいしたいしたいしたいしたいしたいしたい!!何とは言わないけど、したいんだ!これ一本!!」

「なにそれ…変態じゃん。探せばいるでしょ。そんなこと考えてない人」

「いや……それ仙人だから!絶対いない!!
でもね安心してつーちゃん。私自分が変わるために心のお師匠様見つけちゃったから。」


”師匠”というあまり女子大生からは聞かない言葉に、少し不思議そうな顔をした彼女。

だけどやっぱり興味がないのか、真顔でノートを開いた。


「え、師匠の話聞かないの?私が変わる話」

「聞かない。教授きたから黙って。」


塩対応の彼女に少し黙ったけど、それでもこの熱い想いは消えない。

石川くんに早く何か伝授してもらわないと。


「私の…お師匠様は今頃誰かと…ムフフなのかな。羨ましいなぁ…」

「まじでうるさいから黙って朱里。」


気だるそうに睨んでくるつーちゃんから目をそらし、私は熱い野望に燃え始めていた。


見てろよ。大ちゃん。
絶対後悔させてやるんだから


背中だけしか見えない”元彼”にあっかんべーをして、私は石川くんのことを考える

今日は三人っていってたな……すごくきになる……

この講義の単位さえ取っておけば、後はどうでもいいから探しに行こっと。


何か自分でも変わる術を見つけないとダメだからね。


そんなことを思いながら私は出席カードを書いたのだった。