要くんがあまりにも悲しそうな顔をして、いまにも消えてしまいそうな声で呟いた言葉。


”俺のほうが浮気相手だった”


自分がその状況に置かれたらなんて残酷な事なんだろう。


好きで好きでたまらなかった相手
結婚まで考えてずっと側にいたいと思った相手


きっとその事実を知った時は、身体が引き裂かれそうな気持ちだったはず。



「…聞いたんだ…友達に話してるところを。俺は顔だけで、アクセサリーみたいな存在だって。実際は下手だし、高校生のくせに結婚しようなんて重くて気持ち悪いんだってさ。」

「要くん……」

「……悔しくて悔しくて何か言ってやりたかった。”お前なんてこっちから願い下げだ”そう言ってやれば良かったのに、出来なかった」


グッと握られた彼の拳は震えていた。


「……おかしいだろ。そんな事されても、好きだから信じたかったんだ……」


自分は馬鹿だ


そう言いたげな要くんに、私は自分を重ねた。


追いかけてきてくれると思った。
何か言葉をくれると思った。
何かの間違いだと弁解してくれると思った。


初恋の時も、今回の事もそう。
好きだから……自分が好きになった人だからこそ、期待が消えない。


悪い事は全て夢だったんじゃないかと思う程に。


「……だけど日が経てば経つほど悲しみが憎しみになってきて、いつか必ず不幸にしてやるってそう思うようになった。幸せそうに笑う顔が好きだったのに、そんな顔して笑ってる彼女が許せなくて。あんなに優しい人が、そんな事するなんて女は恐ろしい生き物だとも思い始めた。それ程、俺にとって彼女は大きい存在だったんだ…」


「……うん。」


「……本気で人を好きになって、捨てられて醜く生きるくらいなら、こっちが捨てる方になればいい。そう考えた時、翔平先輩を見つけた…」


やっと要くんが石川くんに執着する理由が明確になる。私は真面目な顔で彼の話の聞き役をそのまま続けた。



「…見つけたのは正に、女の子を冷たくフってる時だった…素直にすげぇかっこいいって思ったんだ。冷たい瞳で、キャーキャーいう女の子を気にもとめてないくせに、翻弄させて、相手が夢中になったらすっぱりと切る。側からみたら酷い人だけど、俺には輝いて見えた……こんな風に生きれたら仕返ししてやるのにうってつけだって。」



…まぁ俺にはできなかったんだけどな。


なんて後付けで小さく囁いた要くんは、話終わったと言わんばかりにベンチの後ろにもたれて脱力する。



「…ここまで演技したのに…だっさいよな……だから遊ばれて捨てられるんだ…」


「ダサくないよ!!!!」


自分を卑下する要くんに私は食い気味に叫んだ。


「……要くんは確かに見た目可愛いし、正に天使みたいだし、素敵だよ。だけど、私はいま話を聞いて思った。高校生でそこまで真面目に恋を出来る一途な子なんだなって。」


「……な…」


「その女の人がわかってないだけだよ!!そこまで思ってもらえる事が、どれだけ幸せな事なのか!!可哀想な人だね…ほんとに!!」


重いなんて思わなかった……
将来結婚したいなんて思える恋愛ができるなんて、いまどき珍しいもん。


憎いと思ったのも、それだけ好きだという気持ちが強かったからだ。好きだから許せないことだってある。


「…ねぇ、要くんも、仕返ししてやろう。って気持ちじゃなくて、自分が幸せになるためにどうすればいいか考えてみればいいよ!」

「なっ…お前なに偉そうに…」

「だってそのままで十分素敵なのに、勿体無い!!いまの要くんを好きになってくれる人が必ずいるはずだもん!!」



ポカンと口を開けた彼に私はニッコリ笑顔で返した。



「……憎いって気持ちに縛られてちゃ要くんが苦しいだけだよ!!一緒に幸せになって見返してやろ!!」


グッと親指を立てると、要くんは少し考えた後おかしそうにクスクス笑い出す。


「お前って…ほんと馬鹿なのな…っ。少年漫画の主人公くらい真っ直ぐじゃん……」


「え、こ、ここ笑うとこだった!?」


「いまどきお前みたいな奴いるんだな……っ。翔平先輩が気にいる意味わかったかも……」


これは…褒めてくれてんだろうか。
すごく笑われているけど。


「まぁ、キラキラしすぎて俺は嫌いだけど。」


「え、い、いま打ち解けたと思ったんだけど」


「……それは調子乗り過ぎ。」


分かり合えたつもりでいた自分が恥ずかしくなってきた。だけど”嫌い”っていう言葉なのに、いつもみたいな棘を感じないのも、また事実。




「…でも…」


「ん?」


「ありがとな。」



作ったものじゃなくて、純粋な笑顔に思わず言葉を失う。だってまさに天使という名称が似合っていた。


「…要くんって…ほんとに人間…?」

「は?なに言ってんの?」


「…だって…あんまり綺麗だから…」


自然と発したセリフに、彼の顔がボッと赤くなる。


「…お前よくそんな恥ずかしい言葉をサラッと言えるなっ」


「え、あ、だ、だって、ほんとに天使みたいだもん。」


「脳みそどうなってんの??身体中痒くなる」


「…ご、ごめん。」


怒られたので思わず謝ると、バツが悪そうな顔でぽりぽりと頬を掻いた要くんは


「……なんか先輩って感じしないし、朱里って呼ぶ。お、同じ人に憧れてる仲間だし…」


と小さく呟いた。



で、で、デレた!!!!!!
要くんがデレたぁああああ!!!


「う、うん!呼んで!朱里でいい!」


「ってか俺これからも翔平先輩の前や他の奴の前では猫かぶるから合わせろよ…」


「了解!!なら2人だけの秘密だね!!」


「な、あ、そ、そうだけどっ!」



仲直りの印に。
とハイタッチするために手を出したら、照れながらも彼は両手を合わせてくれた。




今日、要くんとこうして話せた事で私のモヤモヤは1つ消えてすっきりしている。



…だからまだ大きな嵐がやってくることに誰も気付いていなかった。