一切私の方を見ない要くんに、なんて声をかければいいかわからなくてソッと隣に腰掛ける。
「……なんだよ。噂でも聞いて笑いにきたのか…」
「……ううん。落ち込んでるって耳に入ってきたから…探してて…」
「なら目の前から消えろ。……それだけで元気になる…。」
悪態ばかりついているけれど、やっぱり今日の要くんは歯切れが悪い。
何があったの?
そう聞いたって無駄だよね…
元気を出して。
一体何に対して…そう言えばいいの。
どうやって彼にいつもの調子を取り戻してもらおうかと悩めば、自然に沈黙が続いた。
このままじゃ来た意味ない。
「……要くん…この前怒ってたけど、石川くんのこともう尊敬してないの?」
「………なんだよ。いきなり」
「だってあんなに尊敬オーラ出てたのに、そうじゃなくなったら、同じ弟子として寂しいなぁなんて。」
私が切なげに笑ったら、要くんは黙りと口を閉じてしまった。
「……そうだ!前も聞いたかも知れないけど、要くんはどうして石川くんの弟子になったの?」
「………」
「私はね、彼氏が親友と浮気してる現場に鉢合わせちゃってね…すごく悔しくて。」
「……」
「更に暴露しちゃうと、初恋で大恋愛したんだけど、色々あってダメになっちゃって…不感症なんだ。石川くんならなんとかしてくれるかもって泣きついたの。」
あははー
と声を出すと、要くんがやっと顔を上げてこちらを見てくれる。
「…お前ただのミーハーじゃないの?」
「ミーハーって…違うよ。私要くんの言う通りブスだし、石川くんなんて遠い存在だったもん。初恋の相手と色々あった後に、やっと信用できると思ってた彼氏が、親友と布団の中で抱き合ってて、ヤケになってたの。」
「……可哀想な奴」
「…だよね!石川くんってばそんな私に嫌な顔せず付き合ってくれてるんだよ。ほんと凄いよね…!」
やっとこちらを向いてくれたことが嬉しくて、少し話しすぎた…。
だけど良いか。本当のことだし。
「…んでそいつに仕返しするために翔平先輩のこと使ってんの?」
「え、…ち、違う!違う違う!仕返しなんてしないよ!!」
「はぁ?」
「だってそんなことしても虚しいだけでしょ?」
要くんの目が大きく見開いた。
何かおかしなこと言ってしまったかと、こちらは固まる。
「虚しいって…なんだよ…」
「え、だって……ひどいことした元彼引きずってても仕方ないかなって。なら私は、原因であるこの身体を治して、次に幸せになれたらなって……」
「……何それ。悔しくないわけ?んなことされたのに。」
悔しいか…
そうだよね。悔しくて悔しくて仕方なかったなぁ。
だけど今はそんな気持ちはどこかに消えた。
「悔しかったからものすごく幸せなるっていう仕返しをするの!!!」
満面の笑みを浮かべれば、目の前にいる彼は、正に鳩が豆鉄砲を食ったような顔をした。
「……お前って…底なしのバカだな……」
そしてすぐに切ない表情で、何かを思い出したように呟く。
「……大丈夫?要く」
「……俺もすごい馬鹿だ…」
ぽつりと聞こえたその言葉に、私は彼が話しをしやすいように黙り込んだ。
「……翔平先輩みたいになれるわけないのに。……あの人超える為に、騒いでる女の子誘ってみたけど、どうしても昔のこと思い出して出来なかった……おかげで今日は噂の的」
やっぱり要くんにも何かあったんだ…
女の子ってどうしてもあんなに噂が回るのが早いんだろう……。
「……要くんも…何かあったの?」
ソッと丁寧に言葉を紡げば
「……はぁ」
と大きなため息が響いた。
ゆっくり時間を置いた後、意を決した様に彼は話し出す。
「……初恋の相手が…ほんとに真剣に好きだった。この髪とか目とか宝石みたいで綺麗って言ってくれて、優しく触れてくれる先輩だった…。表情豊かな人で、すごく可愛くて…どんどん好きになっていった……」
「うん……」
「……笑われるかもしれないけど、結婚のことも真面目に考えてたし…その人のためならなんでもできるって…ずっとずっと一緒にいるもんだと勝手に思ってたのに。」
段々険しい表情になっていく要くんに私もつられて険しくなる。
なんて悲しい声なんだろう…
なんて切ない声なんだろう…
「…だけど…二股してたんだ彼女。そして何より…」
そこで止まった彼は、顔を手のひらで抑えて悔しそうに震えていた。そして少し時間が空いたと思ったらソッと苦しげに呟かれる。
「…俺の方が…浮気相手だった……」

