要くん、石川くん、そして私。
異様な空気におろおろしてるのは私だけだった。


「君がどんな俺に憧れているのかは知らないけれど、そう思うならそうなんじゃないかな。」


「……そうですか。」


要くんの目が光を失った気がする…

何か声をかけなきゃ。
だけど私なんかの言葉が彼に届くとは思えない。


「要く…」

「……恋なんて全部幻想です。」


名前を呼びきるまえに遮られて、要くんは石川くんにはっきりとした口調でそう伝える。



「…恋?」

「後から翔平先輩が後悔したって知りませんよ。」


一体、要くんに何があったんだろう。

そんなことを考えたって理解できるはずもない。


「……俺が翔平先輩を超えます!!!」


いつもの天使モードではなくて、口調に素がでた彼はそれだけ言うと背中を向けて去っていった。



「…何を言ってるんだろうね…彼は。」

「……要くんは本当に石川くんに憧れてるんだよ。理由はわからないけれど…」



石川くんへの尊敬が消えてしまったんだろうか。だからあんな目をしたのかな……


超えるって無茶しなきゃいいけど。


「気になる?」

「えっ、あ、そ、そりゃ。だって要くんとは同じ弟子だもの!!石川くんに憧れる同志!!」

「……俺は弟子をとった覚えは朱里しかないけどね」


フワリと風が通り抜けると石川くんのいい香りが鼻をくすぐる。髪に触れられて、おもわずドキッと胸が跳ねた。




「……もう彼への用事はすんだ?」

「え、あ…い、一応…」


ほんとは話したいこと沢山あったけど、今の要くんは絶対に聞いてくれないだろう。

だって、結局私は石川くんの側にいるんだもん。


「…なら一緒にどこか行こうか。奢るよ」

「え、で、でも」

「…嫌?」


珍しく甘えたように首をかしげる師匠を前に、私は断る理由を見つけられなくて。


「…い、石川くん。あのね、私が側にいたら石川くんの価値が下がっちゃうよ!!」



ついついそんなことを口走る。


そうだ…それだけは避けたい。
要くんは弟子としてそれを見過ごせなかったから、あんなに怒っていた。


「…どうして?」

「だ、だって、石川くんは優しいから大ちゃんと喧嘩してくれたし、ましてや華奈のことも…私、師匠に甘えすぎてるところがあるから…周りから見たら価値を下げてるみたいなの。それって弟子としてどうなの?なんて……」



ポカンとした表情の彼は、苦笑いする私をジッと見つめている。


「やっぱり、芸能人と同じで好感度とか大事じゃないでしょうか……」


そして私がそう言い切ったのを機にクスクスと笑いだした。



「え、ど、どうして笑うの!?」

「好感度なんて初めからないよ。朱里は俺を崇めすぎじゃないかな。」

「そ、そんなことないよ!だって!」

「正直、周りの目はどうでもいいんだ。昔から…どう思われようとどんな噂をされようとなんにも思わない。」




お、大人だ…昔からってことは絶対大人びた子供だったんだ。



「……ただ朱里にだけは嫌われたくないなって思ってる。」

「!!?」

「言ったことなかったかな?俺が優しくしたいのは君だけだよ。」



ただ1つ言葉が欲しいと思う私は贅沢だろうか。

そんなことあるはずないというネガティブな感情と、もしかしたらというポジティブな感情が混ざり合ってモヤモヤしてる。



「あ、あのね…石川くん…」

「ん?」

「聞きたいことが…」


もういっそ聞いてしまおうかと思った時


クスクスと笑い声が耳に入る。


…びっくりするくらいアンバランス。

驚くほど釣り合ってないよねぇ


そんな言葉とともに。


「朱里??」

「なんでもない。師匠がそう言ってくれて、嬉しいですっ!!ぜひどこか行きましょう。」


そうだ。


側に居られるのはあくまで弟子だから。



それに聞いたところでどうなるんだろう。
…だって自分にもこれが恋だという自覚がない。


何かが始まるんじゃなくて

終わってしまうんじゃないだろうか。



そんな不安にも襲われる。



芽生えてしまいそうな何かに蓋をして、静かに言葉を飲み込んだ。




…弟子というポジションだけで充分だ……
これ以上望めばバチが当たるよね。